鬼舞辻無惨が持つ“傲慢さ”の理由とは。底知れぬ自己愛の裏にあるもの【鬼滅の刃キャラの魅力】

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「私は限りなく完璧に近い生物だ」
(『鬼滅の刃』2巻より引用)

そんな彼の言葉通り、作中には傲慢さや強欲さを描いたセリフがいろんなシーンで登場します。

「死」が生き物にとって、何よりの弱点だと考える鬼舞辻無惨からしてみれば、ちょっとしたことですぐに死んでしまう生身の人間は、明らかに自分より格下であると見下すに十分な存在でした。

人間より再生能力の高い鬼の方が格が上であり、その鬼を統べる存在であり、全ての鬼の生みの親である自分。彼にとって己は、つまりこの世の神に等しいものだと言っても過言ではないのでしょう。

だからこそ、この世の神たる存在に弱点などあっては許されない。
そんな執念にも似た思いから、完全な不死身の身体を手に入れるために。彼は「青い彼岸花」と「太陽を克服した鬼」を、長年探し求めていたのです。

生物の頂点に立つ自分=神に逆らうのは、あまりにも無駄な抵抗

TVアニメ『鬼滅の刃』キービジュアル

TVアニメ『鬼滅の刃』キービジュアル

そんな無惨が、自分を神たる存在であるという傲慢さを特に滲ませているセリフが以下のものになります。

「私に殺されるのは大災に遭ったのと同じだと思え(中略)
雨が風が 山の噴火が 大地の揺れが 
どれだけ人を殺そうとも天変地異に復讐しようというものはいない」

(『鬼滅の刃』21巻より引用)

鬼に殺される事、あるいは自分に殺される事を大災と同義だとそう述べる無惨。
「自身の振る舞いが、人智を越えたものである」と。元々人間だったはずの彼は、自分という宿敵を前にした炭治郎に冷酷にそう言い放ちました。

確かに、もし「鬼」という存在について詳細を知らない人からすれば、得体の知れない化物の鬼に襲われたことは、山で獣に襲われたり災害に巻き込まれることとほぼ同義なのかもしれません。

居合わせたタイミングが悪かったせいで、無作為に選ばれた被害者の一人だったせいで。
事実きっと市井の人々の中には、そう思いながら鬼の犠牲となった大切な人の喪失を嘆いた人もいたのではないでしょうか。
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