羽賀こはく
横浜市出身。インタビュー記事をメインで執筆。愛猫2匹に邪魔をされながらゲームや漫画を楽しむことが生き甲斐。
「アナタの推しを深く知れる場所」として、さまざまな角度で推しの新たな一面にスポットを当てていくnuman。今月の深堀りテーマは“推しの推し”。11月4日の「いい推し(1104)の日」にちなみ、誰かの推しとなり得る人が自身の推しに会いに行く【推しに会ってみた】対談を複数本掲載していきます。
今回は、メディアミックスプロジェクト『BanG Dream!』(丸山彩役)での声優活動をはじめ、舞台への出演や2024年11月にソロアーティストデビューするなど多方面で活躍中の前島亜美さんと、前島さんの推しである小説家・中村文則先生の特別対談を敢行。中村先生は2002年に『銃』でデビュー後、『土の中の子供』で芥川龍之介賞を受賞、『去年の冬、きみと別れ』は映画化を果たすなど数々の名作を世に送り出しています。
「中村さんの作品に、日々支えていただきながら生きている」
こう話す前島さんは、中村先生の全作品を読んでいるのは言わずもがな、出演するメディアを可能な限りリアルタイムで追い、作品に登場するコンテンツにも触れ、昨年(2023年)はサイン会へ足を運びファンレターを贈っていたそう。そして、驚くべきことに、中村先生も前島さんを認知していたというのです。
そんな中村先生に感動の涙を流しながら、中村文則作品との出会い、「一生忘れられない読書体験をした」という最推し作品『何もかも憂鬱な夜に』、「命を繋ぎとめてくれた」という中村先生の紡ぐ言葉の素晴らしさなど、伝えたいことをノートにまとめ、思いの丈を熱く語ってくれた前島さん。
そして、前島さんのソロアーティストデビュー1stアルバム『Determination』リード曲であり、前島さんが作詞を手掛けた「Determination」を聴き込み、「言葉の使い方がとても良い」と感想を熱弁してくださった中村先生。
“言葉”を大切に扱う2人だからこその語彙の多さで、お互いの作品の魅力を語り尽くした1万字超の対談をお届けします。
INDEX
――取材前に聞こえてきたのですが……前島さんは中村先生のサイン会に行かれたことがあるんですか?
前島亜美(以下、前島):
はい。昨年(2023年)の10月に『列』(講談社)刊行記念サイン会に参加しました。中村さんのサイン会にはずっと伺いたいと思っていながら、職業柄なかなか先の日程が見えず難しかったのですが……念願叶ってお会いすることができました。
『列』発売時には、お笑いタレントで小説家の又吉直樹さんとの配信イベントも拝見しまして。対談動画付き、為書き入りサイン本も購入したので、『列』は2冊持っています。(サイン本を見せながら)今日持ってきたのはサイン会でサインしていただいた本です。サイン会の整理券も大切に取ってあります。すごく欲しいと思っていたデビュー20周年のしおりも、サイン会でいただけて嬉しかったです。
――『列』のサイン会が初対面だったんですね。
前島:
そうなんです。本日お会いするのは2回目になります。サイン会当日は大盛況でたくさんの方が参加されていたため、私のことを覚えていただいているとは思っていなくて。今日お会いした時に覚えていてくださり、とても驚きました。
中村文則(以下、中村):
いやいや、ちゃんと覚えていますよ。
前島:
わあ……(感無量)。サイン会でお話させていただいた記憶は、自分にとって新たな「大きな支え」となりました。
また、サイン会の列に並んで「ついに自分の番が来た!」とご挨拶した時、実は中村さんの第一声が「僕のこと知っていますか?」だったんです(笑)。
中村:
ええ、うそ!? サイン会に来てくれているから知っているに決まっていますよね(笑)。
前島:
私の前後にあまり若い方がいらっしゃらなかったので、「どなたかのお使いに見えたのかな?」と思いました。
中村:
そうかもしれないですね。時々男性の方で配偶者さんや娘さんの代わりにサイン会に来る方がいるんです。なので、もしかしたらそういった方の次に前島さんだったから言ったのかもしれないです……。お父さんのお使いの逆バージョンかなと(笑)。
前島:
私自身が行きたくて行きました(笑)。その時に撮らせていただいたツーショット写真は家宝にしています。今こうやってお話できていることが本当に幸せです。
中村:
とんでもないです。会ってがっかりされるとつらいので、がっかりされないようにしようと思って。今日の対談が決まった際にまず考えたのは、サイン会の時に何を着ていたかでした。サイン会の時と同じ服を着てきたら、「あれ?あいつあれしか服もってない?」と思われるじゃないですか(笑)。なので、たしか濃い青か白の服だった気がすると考え、「これはきっとサイン会では着ていない!」という服を今日は着てきました。
前島:
(サイン会の時の写真を見返しながら)青い服でした……!
中村:
あ! それなら柄は違うね! よかった! サイン会では直近に買った服を着ていくはずなんですよ。ちゃんとした格好をしようと思っているので。
前島:
素敵です。
中村:
サイン会では、前島さんが自己紹介してくださった時にお手紙をいただいたんですよ。お手紙を拝読した際に「声優の活動をしていらっしゃる方なんだな」と知りました。その後ネットで前島さんを検索してみたら、『バンドリ(BanG Dream!ガールズバンドパーティ!)』に登場するバンドのボーカル(「Pastel*Palettes」丸山彩)の声を担当されているのを拝見しました。
前島:
ええ、調べていただいたんですか……!
中村:
もちろんですよ(笑)。そんな前島さんが、ソロアーティストデビューをするというタイミングで今回の対談のお話をいただいて。「応援させてもらえるいい機会をいただいたな」と思っています。
とはいえ、推される人として呼ばれましたが、どういう立ち位置で居ればいいのか探り探りです(笑)。
前島:
私も「推しです」と簡単に言わせていただくのがおこがましいくらい、中村さんの作品に日々支えていただきながら生きていて。まさか今回の【推しに会ってみた】で私のお願いを受けていただけるとは……。こんな素晴らしい時間が自分の人生に待っているとは思っていなかったので。
中村:
いやいやいや。
前島:
今、緊張と喜びが自分の中で渦巻いています。
今回の対談では、思いを一つも残さずに真剣な言葉でお話したいなと思い、(お話する内容を書いた)ノートを作ってきました。失礼に当たるかもしれないですが、たびたびこのノートを見てしまうかもしれません。
――それでは、中村先生の作品を読んだきっかけについてお聞きしたいです。
前島:
最初に触れた作品は10年ほど前、中村さんの『掏摸(スリ)』(河出書房新社)でした。当時はまだ実家に住んでいて、母の部屋に『掏摸』の文庫本があり、カバーのデザインに目を惹かれました。もともと読書好きで、『掏摸』というタイトルにも興味が湧き、母に内緒で読みました(笑)。「ものすごくおもしろい本だ」と思った記憶があります。その時は作者さんがどういう方なのかと考えるより、『掏摸』という作品に対して「素晴らしいものを読んだな」という体験が自分の中で強く残っていました。
――作品の興味が、作家への興味に発展した理由とは?
前島:
中村さんご本人のファンになったのは、『掏摸』を読んで数年後。1人暮らしを始めたころに出会った『何もかも憂鬱な夜に』からです。芸能活動をしていく中で、「自分では抱えきれない孤独」を感じていた時期がありまして。仕事で地方のホテルに滞在していた時、何でもいいから何かに助けを求めたくなり、ホテルの近くにある本屋さんへ行きました。そこで出会った本が中村さんの『何もかも憂鬱な夜に』でした。
『何もかも憂鬱な夜に』に書かれていたすべての言葉が自分の心に深く刺さり、一生忘れられない読書体験をしました。そして、作品が素晴らしいのはもちろん「こんなに素晴らしい言葉を紡げる作者さんはいったいどんな方なのだろう」と興味が湧きました。そこから中村さんのことを勉強すると、『掏摸』と同じ作家さんであったと気づいたんです。自分の中で、点と点が線に繋がった瞬間でした。
前島:
それから中村さんの書く作品が好きだと気付き、呼吸を求めるかのように、その当時発売されていた中村さんの全作を一気に読みました。仕事を頑張っている中で孤独を感じる私に、寄り添ってくれたのが中村さんの作品でした。
――中村先生の作品へ惹かれてからは、どう推すようになったのでしょうか。
前島:
中村さんが出演されているすべてのメディアを、できる限りリアルタイムで追っています。連載、TV、ラジオ、Podcast、動画コンテンツ、ネット番組……過去のトークショーの公式映像も拝見しました。
中村:
そこまで追っていただけているとは。
前島:
仕事をしていて「うまくいかなかったな」と凹んだり、自分の憂鬱や悲しみを乗り越えられずに「耐えられないな」と思ったりしたときは、いつも中村さんのHPを覗いています。「書き込みが増えていないかな」と。
中村:
1週間に1回くらい更新されるHPですね(笑)。
前島:
はい……! 中村さんのHPは人生の楽しみです。今日お会いできて本当に嬉しいです。
中村:
こんなに目の下のクマが濃い人間なのに、そんな風に言っていただけるとは(笑)。
前島:
中村さんのクマの話嬉しいです!(※中村先生は目の下のクマをたびたびネタにしている)
中村:
あはは(笑)。
余談なのですが、読者の皆さんが心配していろんなプレゼントを送ってくれるんですよ。昔は、四つ葉のクローバーが1番多くて。たぶん僕、なんとなく不幸だと思われていたみたいで(笑)。
一同:
(笑)。
中村:
数年前から目の下のクマを心配していただいていて。蒸気温熱のアイマスクをたくさんもらうようになりました。また、最近は髪がパサついてるのを気にしてくださり、ヘアオイルをいただきました(笑)。皆さんの心配によってプレゼントが変わっていく(笑)。
そんな僕なので、「今日、大丈夫かな……」と思いながらこの場にいます。
前島:
まったく問題ないです!
前島:
私、中村さんご本人のご活動以外にも、中村さんの作品に登場する本や映像作品、音楽にも触れるようになりまして。その一つひとつにも感動を覚えました。中村さんが影響を受けられた作家さんの作品にも触れることで自分の人生が本当に豊かになって。私が生きていく中で事あるごとに中村さんがおっしゃっていた言葉、作品に書かれている言葉がどんどん浮かんでくる。そうやって中村さんの作品を読み、作品以外のコンテンツにふれ、中村さんを知れば知るほどファンになっていきました。“ファン”や“推し”という言葉が自分の中ではしっくりこないくらい、もっと大切な存在です。
変な言い方になりますが、中村さんの作品は自分の一部のような、自分の人生にとってなくてはならないものになりました。大変な時期も、中村さんの作品を読んで「人生の何かを突破するのは今なのではないか」と思い、1歩踏み出す行動を起こしたこともあります。
――中村先生の影響を受けているからか、前島さんは丁寧に言葉を紡いでいると感じます。実際、中村先生作品との出会いによって、言葉への向き合い方は変わりましたか?
前島:
変わりました。私の人生は「中村さんの言葉たちと共に生きている日々」と考えています。 中村さんの言葉を自分の中に取り入れたいなと、読書をしながら本に付箋を貼っていました。最近はノートや日記に「好きだな」と感じた言葉を書いています。読書時間だけでなく、日常生活にも中村さんの言葉が溶け込んでいるんです。人生の指標というか、すごく「自分を支えていただいているな」と。
中村さんの作品は枕元に必ず置いていて、どうしようもなく悲しい夜や寝れない時は中村さんの作品を抱えて寝ています。自分にとってお守りのようなものなんです。「言葉では言い表せられない」と言語化から逃げたくないのですが、中村さんには感謝をしても伝えきれないくらい人生を救われていて。本当の意味で「命をこの世界に繋ぎ止めていただいた」と思います。
前島:
疲労が溜まり、自分の重心がちょっと上に上がって真剣になりきれていないとき、「自分はこれでいいんだろうか」とふわふわしてしまうときは、必ず中村さんの作品に触れています。「自分の内面、本質というのはここにあって、命や人生の光というのはここにあって……」とチューニング作業みたいなこともします。
それくらい中村さんの作品が、中村さん自身が大切な存在なんです。今、お会いできているこの時間が現実なのか信じられない気持ちでいっぱいです。
――そんな前島さんが特に好きな中村先生の作品とは?
前島:
すべての作品が好きなのですが、中でも特別だと感じているのは、先ほどもお話させてもらった『何もかも憂鬱な夜に』です。中村さんの6冊目の作品で、施設で育った主人公の刑務官「僕」が死刑判決を受けた青年「山井」の担当になるお話。「山井」と接した「僕」の「自殺した友人の記憶」「大切な恩師とのやりとり」「自分の中の混沌」が描かれています。
『何もかも憂鬱な夜に』を読んだ時、「自分のことだ」と思ったんです。ありきたりな感想に聞こえてしまうかもしれませんが。私がこれまで読んできた物語は自分と近しい内面の表現や感情の動きはあっても、それはあくまで“他人の物語”と感じていました。「作品から何かを学び得ること=読書」だと私は考えていたというのも大きいです。
だけど『何もかも憂鬱な夜に』を読んだら、混乱してどうすることもできなかった「自分の中に渦巻いていた名前のわからない感情」「自分ではどうすることもできない重たい何か」が、次々と言語化されていく感覚を味わいました。それまで私の中にあった言葉よりも、もっと深く、もっと研磨された言葉が作品に記されていました。この感覚を読書で体験したことは初めて。 忘れられない体験です。
——前島さんの内側にある曖昧だった感情が、『何もかも憂鬱な夜に』を読んだことで明確になっていく体験をしたということですね。
前島:
というのも、『何もかも憂鬱な夜に』に登場する親友・真下の死後に主人公のもとへ届いた「真下のノート」に強い衝撃を受けたんです。「真下のノート」には“真下が隠していた葛藤”が書かれていたのですが、それと同じような内容・言葉を私も書いていたことがありました。だから、「真下のノート」にふれた時、涙が止まりませんでした。
私は12歳から芸能界という人前に立つ仕事をしているので、思春期に攻撃を受けることが多く、その攻撃に対する混乱や憂鬱みたいなものが自分の中にありました。真下自身、凄まじい混乱と憂鬱を抱えている中、一つひとつの言葉と向き合っている。放り出していない。「真下のノート」からはそれがすごく伝わってきて、当時の自分にすごく刺さりました。
中村:
そう言っていただけるのは、本当にありがたいです。
前島:
中村さんの作品すべてに、自分と重なる部分を感じるんです。主人公の性別・年齢・職業、作中に起こす行動に関わらず、内面の動きや人と対峙した時に出てくる言葉が、自分の内面と一致することがすごく多いんです。登場人物の幼少期には、自分の過去を見ているような気持ちに。自分より年代が上の登場人物には、自分の未来を見ているような気持ちになります。
また、中村さんの作品に出てくる登場人物はみんな切実で真剣な思いがあるんですよね。 “悪”の方面にパワーが向かったとしても、それは切実に悪へ向かっているような気がして。登場人物たちの切実さと私の人生に対する切実さが重なっている。それが、中村さんの作品にあるとてつもない魅力で、中村さんの作品にしかないもの。そして、登場人物の言葉が魅力的なのは、中村さんご自身が魅力的だからというのもあると思います。 いつも中村さんが紡ぐ言葉の魅力に惹かれながら、作品を読んでいます。素晴らしい読書体験をさせていただいているなと。
中村:
生きていると、自分の真剣な悩みをなかなか人に話しづらいというか、そういう世の中、社会的な雰囲気があると思うんですよ。僕が若い頃にもあったけど、最近はもっと“真剣に悩みを言えない妙な風潮”が強い感じがします。悩みを打ち明けても、「それって中二病では?」みたいに言われてしまうこともある。そういう世の中だから、小説というか、文学が逆説的に必要とされるのかもしれません。
「なかなか人に自分のことを話すことができないな」と感じた時に僕の本を開いて、「本の中ではそういう自分も出せる」と思ってもらいたい。そんな風に小説を書いているところがあります。それはなぜかというと、僕自身が自分の人には言えない内面を、本を読んで「ここに似たことが書いてあるぞ」と助けられてきた経験があったから。
実際、前島さんのような若い人たちに限らず、いろんな方からいただくお手紙を読むと、「中村さんの本の中で、ようやく自分をさらけ出すことができる」みたいに書いてくれていることが多くあるんですよ。そのたびに「自分が書いた小説で人を助けられているならよかった」と思います。
前島:
日々助けられています。
中村:
そうだとしたら本当にありがたいです。僕自身が小説家になる前からずっと生きにくかった。そんな自分が世に文章を出すこと、世の中や社会が好きではなかった人間が世の中に対して言葉を発することは、ある意味矛盾しているんですよ。だけど、言葉を発してみたら支持してくれる方がたくさんいた。それは僕にとっても救いなんです。結局のところ、読者の皆さんから「救われました」という声を聞くたびに、僕も救われているわけです。前島さんのお話を目の前で聞いていて、僕も救われる思いで今ここにいます。
ただ、助けたいと思う一方で、悩んだほうがいいとも思うんですよ。悩む体力がある人のほうが粘り強いですからね。悩みすぎておかしな方向に行くとまずいのですが、ちゃんと悩めるというのは精神の体力があるということ。僕はそっちの方がいいんじゃないかと思います。むしろ悩まないと急に気持ちが病の領域まで落ちてしまうこともある。でも程度はもちろんあって、あまりに悩み過ぎる場合は、自分の好きなことをして気分を逸らすこともかなり重要です。
前島:
推し作品について、もう一つお話しても良いでしょうか?
——もちろんです。『何もかも憂鬱な夜に』ともう一つの推し中村文則作品とは?
前島:
全作品、私にとって大切な作品なのですが、もう一つは全50話からなる中村さん初のショートストーリー集『惑いの森〜50ストーリーズ〜(以下、惑いの森)』です。中村さんへのお手紙にも書かせていただきました。
——50話ある中には、前島さんお気に入りの物語もあるということでしょうか。
前島:
はい。他人には理解できない苦しみを持つ女性の物語「雨宿り」が好きです。どの作品も何回も読んでいて、本作も何度も読んだはずなのに、自分の中に抱えているものが限界を迎えたタイミングで「雨宿り」を読んだ時、今までと違う刺さり方をしたんです。
「雨宿り」の中に書かれている<もう十分だと思う。僕もあなたも、もう十分だと思う。…乗りませんか。少なくともあなたは、ここを出ることができる>というセリフが特に刺さりました。このセリフの中にある<もう十分である>は、決してマイナスな意味の言葉ではなく、“新たに踏み出す未来のための言葉”だと思ったんです。
前島:
もう一つ、中村さんの書かれた言葉で好きなのが、中村さんが東日本震災以降からあとがきに記されている<共に生きましょう>。最初にこの言葉を見たのは、謎のカルト教団を軸に「運命」に翻弄される4人の男女を描いた『教団X』(集英社文庫)でした。物語終盤の演説シーンの最後に発せられた時から、この言葉が大好きなんです。あの一言に命を救われている人が日本中、そして世界中にいると思います。
中村:
あとがきの最後にずっと同じこと書いているので、もう読者さんには伝わっているから、変えようと思うんだけど……新しく読む方からしたら「急にどうした」ってなりますしね。だけど、読者の皆さんから手紙で「あれがいいです」と言われるから、どうしたらいいのかなと思いつつずっと書いています(笑)。
最近は、僕を知ってくれている読者さんたちにちゃんと伝わるように、かつ初見の読者さんが急に言われてもびっくりしないように少しニュアンスを変えて工夫はしているんですけどね。
前島:
私にとっては本当にありがたい言葉だなと思います。
“命”について私も考えた時期があって。それは常にかもしれませんが、「生きてほしい」「生きるべきなんだ」と、生きることがどういうことなのかを、中村さんの作品に教えていただきました。私自身の“生”が中村さんの作品に繋ぎ止めてもらっているので、<共に生きましょう>を積み重ねていきたいと思っています。
中村さんの新しい作品が読みたくて生きているところもあるので、<共に生きましょう>を書き続けていただけると嬉しいです。
中村:
ありがとうございます。お手紙とかで「 こういう作品が世に広がっていることが希望です」と書かれていることがあって。そうなってくると、僕は常に落ちるわけにはいかなくなると言いますか……励みになると同時に「頑張らなきゃな」と思うようになるんです。読者さんたちをがっかりさせたくない。その頑張りというのは売れる作品を書くことではなくて、いい作品を書くという意味での「頑張らなきゃな」なのかなと。
励みになるからこそ、読者さんからのお手紙をすぐに読まないこともあります。少し気持ちが落ちている時に読んで自分を鼓舞することもあります。
羽賀こはく
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