双海 しお
エンタメジャンルで執筆するフリーライター。2.5次元舞台が趣味かつライフワークで、よく劇場に出没しています。舞台とアニメとBLが好き。役者や作品が表現した世界を、文字で伝えていきたいと試行錯誤の日々。
「クオリティが尋常じゃない。特報ムービーで魅せる完成度の高い映像が、90分間続く映画です」
言わずと知れた声優界のトップランナー・神谷浩史さんを唸らせた作品こそが、2024年7月26日に公開される『劇場版モノノ怪 唐傘』です。
『モノノ怪』は、06年にノイタミナ枠で放送されたオムニバスアニメ『怪~ayakashi~』の「化猫」編から派生。翌07年にTVシリーズとして放送されました。
約17年の時を経て、劇場版として新生した『モノノ怪』。本作は男子禁制の「大奥」を舞台に描かれるとして、続編を待ちわびたファンからは喜びの声が上がっています。
しかし、主人公・薬売りを演じた神谷さんは「難解な話なので、観に来た人全員が楽しい気持ちで帰れる作品かといわれると、それはちょっと疑問です」と一言。
本作の魅力を存分に理解しているからこそ、「“分からない”まま終わらせないでほしい」と訴えかけます。
神谷さんに、『劇場版モノノ怪 唐傘』をより楽しむためのヒントを教えてもらいました。
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INDEX
――神谷さんは劇場版から薬売りを演じています。07年のTVアニメ放送時、『モノノ怪』という作品に対してどのような印象をお持ちでしたか?
神谷浩史(以下、神谷):
特殊な作品が始まったなという印象ですね。当時の僕は、同じく「怪異」を扱ったアニメの『化物語』に出演させていただいていて。
「似て非なるもの」というと少し違うかもしれないですが、そういったタイトルが動いているなと思っていました。
『化物語』もすごく特殊な作品でしたけど、『モノノ怪』はまた違ったかたちで怪奇を表現している。その2つが同時多発的に出てきて、独自の進化を遂げていった印象がありました。実は当時、「『モノノ怪』には負けていられないな」という思いを抱いていたんです。
――当時、「負けていられない」と思った作品にキャストとして参加されてみて、『モノノ怪』の魅力はどこにあると感じましたか?
神谷:
もう、全部ですね。……うん、全部。この作品に限らず、「映画の本編を観たことはないけど、90秒くらいの特報ムービーは観たことがある」という方は多いと思うんですけど、基本的にそういう映像って、いいシーンだけをかいつまんで見せているじゃないですか。
でも『劇場版モノノ怪 唐傘』は、あの90秒の映像のクオリティが90分間続く。
世間一般的には「へぇ〜」くらいの温度感かもしれませんが、制作に携わっている側からすると、それは尋常じゃないことだと分かるんですよ。
まさに映画館という、作品を観るためだけに用意された贅沢な空間で観るにふさわしい作品だと感じます。
――全てが見どころなのですね。その中でも、『劇場版モノノ怪 唐傘』で特に印象的だったシーンはありますか?
神谷:
今回の舞台となる大奥に、薬売りが最初に入っていくシーンかな。それまでは七つ口(大奥と外の世界をつなぐ出入口)の周りをうろうろしているに過ぎなかった薬売りが、能動的に一線を飛び越えるんです。
登場をなんとなく匂わせていたところから、ついに動き始める緊張感はすごく印象に残っていますね。初めてそのシーンを観た時、「ついに薬売りが動き出したぞ!」と思わず鳥肌が立ちました。
カメラワークが工夫されていて、絵がめちゃくちゃ動くので迫力があるんですよ。
――迫力あるシーンに、一気に心を掴まれたのですね。
神谷:
そうですね。男子禁制の大奥に自ら踏み入って禁忌を犯す瞬間というのが、今回の見せ場の一つでもあるので、非常に印象に残っています。
――薬売りを演じる上で、意識したポイントを教えてください。
神谷:
僕が演じた薬売りは、TVアニメ版の薬売りとは別人なんですね。それはオーディションの段階で、中村(健治)監督から説明を受けていました。「TVアニメ版の薬売りと今回の薬売りは、こういう点で性格が少し違う」と。
今回は大奥が舞台ですが、TVアニメ版の薬売りの性格では、そのような場所へ自ら能動的に踏み込むようなことは恐らくしないと思うんですよね。
でも劇場版の薬売りに関しては、「自らを犠牲にしてでも他人を助けたい」と強く思う性格で、大奥という場所にも一歩足を踏み入れる積極性がある。
僕が演じる薬売りは、64本ある「退魔の剣」のうちテレビシリーズとは別の1本を持っている人物だということを、意識して演じていました。
――収録時、監督からはどのようなディレクションがありましたか?
神谷:
実は、特になくてですね。これだけクオリティの高いアニメを作る監督ですから、当然こだわりも強いでしょうし、いわゆる「ここに着地してほしい」という完成図が明確にあるのだと、最初は思っていました。
だけど、実はそんなことはなかったんですよね。
求められる“着地点”を、僕が勝手に狭くしていただけで、監督は割と広く捉えていらっしゃって。「広いゴールのどこかに着地してくれたら、あとはこちらで考えます」みたいな、そんな感じで受け止めてくれました。
なので、そこまで苦労しなかったですし、監督から具体的に「もっとこういう風に変えてください」みたいな指示も少なかったと思います。
収録も比較的スムーズに進んで、それは少し意外でしたね。中村監督の作品に出演させていただくのは今回が初めてだったのですが、以前から「変わった録り方をしている」と、業界の噂としてなんとなく聞いていたんですよ。『つり球』なんて、台本がほぼ存在しない状態でアフレコをしていたとか(笑)。
なので、実は今回の収録が始まる前は「スケジュール通りに収録できるわけがない」と思っていました。
――監督にお会いする以前からですか?
神谷:
はい。聞いた話では、監督がキャスト一人ひとりに対して、役づくりに必要な情報を説明する時間がアフレコ前にあるそうで。それだけでゆうに1時間以上かかってしまうので、収録のスタートが1〜2時間くらい押していくらしいんです。
なので、事務所からわりとタイトなスケジュールを渡された時に「いやいや、こんな短い時間で終わるはずないよ」と(笑)。丸1日を『モノノ怪』に渡すつもりで、時間に幅を持たせて挑みました。
ですが、いざ収録してみると時間通りに進んで、なんなら少し巻いて終わるくらいの感じだったんですよね。
疑問に思って中村監督に聞いたら、「オーディション時に薬売りのキャラクター性についてはきちんと説明していたし、神谷さんもそれを理解して収録に臨んでいるのが分かったから、今すぐに録った方がいいだろう」と判断をされたらしいです。
――事前にコミュニケーションが取れていたからこそ、スムーズに収録できたのですね。現場ではほかのキャストさんと一緒だったのでしょうか?
神谷:
アフレコでは、坂下役の細見大輔さんと2人で収録することが多かったです。
坂下との会話は、割と日常的な会話に近いんですよね。例えば、最初に薬売りが大奥に足を踏み入れるシーンでは「なんとも、たまりませんね。味噌と朴葉の焦げた匂いが」という薬売りのセリフに対して「なんだお前は(坂下)」「儲け話の匂いがしたもので(薬売り)」と。
からかっているのか本心なのか、全体的にぼんやりとした会話が多かったのですが、「坂下のような世話好きでお喋りな人物に対して、薬売りはこんな一面を見せるんだ」と感じ取れたので、細見さんと収録できたのはとてもありがたかったですね。
――薬売りが“退魔の剣”を抜くためには、相手の「形」と「真(まこと)」と「理(ことわり)」を明らかにする必要があります。神谷さんが自身の力を発揮するために欠かせない3つのキーワードをあげるとすると、いかがでしょうか?
神谷:
3つか……うーん、そうだな。「遅刻せずに現場に行く」「ちゃんと挨拶をする」、あと必要なものは「ペン1本」。仕事に関しては、その3つがあれば十分かな。
――すごくシンプルですね。仕事道具としては、ペン1本があれば?
神谷:
そうですね。基本的には、それさえ持っていればなんとかなるかな。
新人の頃はそれに加えて、紙の辞書を持っていた気がします。アクセント辞典と漢字辞典と。それが電子辞書に切り替わっていって、次第にスマートフォン1台に集約されていきましたけど。
でも結局、辞書もスマートフォンも必要ないですよね。分からないことがあっても、現場で聞けばなんとかなりますから。
――「現場で聞けばなんとかなる」……その考えは、新人の頃からあったのですか?
神谷:
いや、そんなことないですよ。やっぱり聞くのは恥ずかしいですし、昔は「物事を知らないのはいけないこと」とか「劣っていることの証」だと思い込んでいたので。
でも年齢を重ねてきて、ある程度、後輩たちがたくさん出来てから「分からないことがあったら聞けばいいじゃん」と思えるようになったんです。
いざ後輩から質問されて自分が“答える側”になったとき、全く億劫(おっくう)でもないし、むしろ「そういう風に聞いてくれること自体、ありがたいことだな」と感じたんですよね。
――その気づきを得た、具体的な出来事があったのでしょうか。
神谷:
徐々にという感じで、具体的なきっかけというのは覚えていないですね。自分は早く気づけた方ではないと思うので、皆さんはなるべく早いうちに気づいた方が得だと思います(笑)。
僕が新人だった頃を振り返ると、「もっと先輩に聞いておけばよかったな」と思うこともありますから。臆せずに聞けば、先輩たちもきっと教えてくれたはずですし。
これから『劇場版モノノ怪 唐傘』を観てくださる方に関しても、「分からなかったら周りに聞けばいい」のかもしれません。
――『劇場版モノノ怪 唐傘』を観てくださる方が「分からなかったら周りに聞けばいい」というのはどういうことでしょう?
神谷:
劇場版に限らず、『モノノ怪』は多少難解な話ではあります。1から10まで全部説明が提示されていて、観に来た人全員が楽しい気持ちで帰れる作品かといわれると、それはちょっと疑問です。
でもそれはもちろんマイナスなことではなくて、ストーリーや設定で分からない部分があれば周りに聞けばいいんです。
アニメに限らず、最近の風潮として「分からない=つまらない」という構図になりがちなのが、僕はすごく悔しい。
たとえ内容がよく理解できなかった作品でも、調べたら調べた分だけ、聞いたら聞いた分だけ、いろんな意見や答えが存在するじゃないですか。ほかの人の見解を知ることで、自分の知識が増えていくし、作品をより高い解像度で楽しむことができる。
そういった意味では、この『劇場版モノノ怪 唐傘』はコミュニケーションの中心になり得ると思っていますし、周りの意見を学ぶことで、さまざまな気づきを与えてくれる作品だと感じます。
なので、どうか「分からない」で終わらせないでほしいなと思いますね。
――周囲の力を借りることで、作品を何倍も味わうことができそうですね。最後に、『劇場版モノノ怪 唐傘』をより楽しむためのヒントとして、これから劇場に足を運ぶ方へメッセージをお願いします。
神谷:
TVアニメ版から観てくださっている方は、そのストーリー傾向を踏まえて「誰が悪いのか」とか「原因が何なのか」とか、そういう犯人探しみたいな要素に目を向けてしまうかもしれません。
ですが、劇場版に関してはそれだけの話ではありません。あまり「誰が悪なんだ?」という視点で見すぎると、何かを見失うかもしれませんよ、というヒントだけお伝えしておきますね。
取材・執筆:双海しお、撮影:井上友里、編集:柴田捺美
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■キャスト
薬売り:神谷浩史
アサ:黒沢ともよ カメ:悠木 碧
北川:花澤香菜 歌山:小山茉美
大友ボタン:戸松 遥 時田フキ:日笠陽子
淡島:甲斐田裕子 麦谷:ゆかな
三郎丸:梶 裕貴 平基:福山 潤 坂下:細見大輔
天子:入野自由 溝呂木北斗:津田健次郎
■主題歌
「Love Sick」アイナ・ジ・エンド(avex trax)
■スタッフ
監督:中村健治
キャラクターデザイン:永田狐子
アニメーションキャラデザイン・総作画監督:高橋裕一
美術設定:上遠野洋一 美術監督:倉本 章 斎藤陽子 美術監修:倉橋 隆
色彩設計:辻󠄀田邦夫 ビジュアルディレクター:泉津井陽一
3D 監督:白井賢一 編集:西山 茂 音響監督:長崎行男 音楽:岩﨑 琢
プロデューサー:佐藤公章 須藤雄樹 企画プロデュース:山本幸治
配給:ツインエンジン ギグリーボックス 制作:ツインエンジン EOTA
©ツインエンジン
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