宮本デン
音楽と酒とネット文化、そしてアニメ・ゲームに心酔するサブカルライター。大衆が作り出すカオスがどこまでいくのか見届けたいという思いで、日々執筆活動を行っています。表現に対する深読みや考察が大好きなオタク。あなたの好きなカルチャーを、深く独自に掘り下げます。
2015年から放映されている「響け!ユーフォニアム」シリーズ。2024年4月よりスタートする3期の発表がされ、8月4日からは『特別編 響け!ユーフォニアム アンサンブルコンテスト』が劇場上映中です。
“女の子が多い部活”というキラキラなイメージではない、吹奏楽部のリアルな空気感を描いた「響け!」シリーズ。吹奏楽部の不穏な部分もひっくるめて青春として描いたシリーズは人気を集めており、現在に至るまでにいくつものテレビシリーズと劇場版が公開されています。
『響け!ユーフォニアム3』キービジュアルより
全国大会を目指す部活物語なため、熱血ものかと思いきや主人公はやけにドライで“良い子”なユーフォニアム担当・黄前 久美子。
曲者揃いな部員が多いなか、一見すると普通でドライで“良い子”な黄前久美子がなぜ主人公たりえるのか? 黄前久美子の人物像を探ります。
※記事の特性上、内容に触れています。
INDEX
黄前 久美子は初登場時から常にどこか冷めていて、元々中学では吹奏楽部だったものの高校では吹奏楽部に入ろうという気持ちもありませんでした。
流されて吹奏楽部に入ったあとも特に熱意もなく、他の部員と違って「部を立て直そう」という気概もない。だがそれを表に出さず、「全国大会に行く」が口約束となっている、まさにどこにでもいる吹奏楽部員の象徴のような存在の久美子。
そんな彼女が最初に揺れ動いたのが、第一期8話。中学時代から険悪(だと久美子は思っていた)なトランペット担当・高坂麗奈との縣祭りでの出来事です。
Blu-ray『響け!ユーフォニアム』4巻(ポニーキャニオン)
そこで麗奈の「特別になりたい」という建前なしの本気を受け取った久美子も、自分の中に燻っていた「上手くなりたい」の熱病に気づいてしまいます。
コンクールメンバーなのに顧問から「そこは吹かなくて良い」と言われてしまった悔しさに一人泣きじゃくり、橋の上で人目を気にせず慟哭。以前のドライな良い子の久美子なら、顧問からそう言われても「悔しくて死にそう」なくらい辛くはならなかったのではないでしょうか(第一期12話)。
麗奈から「良い子の皮を剥がしたい」と言われた久美子ですが、さっそく麗奈の影響で剥がされてしまったというわけです。でもその無様な姿を久美子が見せたのは麗奈と、トロンボーン担当であり幼馴染の塚本秀一だけでした。
久美子の一つ上の学年であり、やけに部員の少ない二年生についてピックアップされたのが第二期です。
中心人物となるのはオーボエ担当・鎧塚みぞれと現時点では部員ではないフルート担当・傘木希美。久美子は二人を中心とした騒動の“傍観者”“誰の味方でもない”というドライなスタンスを徹底しますが、そのスタンスゆえに渦中へと巻き込まれます。
Blu-ray『響け!ユーフォニアム』6巻(ポニーキャニオン)
鎧塚みぞれが意を決して泣きながら真相を話しても、心の中で「そんなことで」と切り捨ててしまうほどに理解できない久美子。
基本的には傍観者で脇役のスタンスをとっていた久美子に影響を与えたのが、一期では久美子や麗奈と対立していた二年生のトランペット担当・吉川優子の姿でした。
吉川優子は誰に対しても真摯にぶつかり、ゆえに敵も作りやすい久美子とは真逆の人物像です。彼女は久美子と違い「理解できない」「私はそうじゃない」を前面に押し出しますが、それでも話を聞き続けて人に寄り添い、なんとか騒動を収束させます。
久美子は良い子の皮を自分から剥ぐことはできませんが、それでもこの姿を通して“理解できなくても人の話を聞いて寄り添うこと”の大切さを痛感したのではないでしょうか。この経験が、のちの黄前 久美子の躍進をもたらします。
久美子には同じく吹奏楽部出身の姉・麻美子がいます。仲良くもなく悪くもなく、音楽を前にした二人のスタンスの違いや嫉妬が描かれています。
麻美子に対してもドライな久美子でしたが、実家から姉が去ってしまったことを実感し、つい「寂しいよ」と泣いてしまいます。同じく吹奏楽部に姉がいて複雑な思いをしていた筆者としては、一番共感して泣けてしまうシーンでもあります。
麻美子が漏らした「大人ぶって良い子の顔をして言うことを聞いてきた」という後悔の独白に後押しされた久美子は、麻美子と同じようなスタンスを取っている三年生の田中あすか(ユーフォニアム担当)へぶつかっていくことになります。
Blu-ray『響け!ユーフォニアム』5巻(ポニーキャニオン)
本心を見せず、ちょっとホラーテイストにすら描かれてきたミステリアスなあすか。家庭の事情を理由に大会メンバーを降りようとするあすかを説得しようと試みる久美子。
これまでのドライなスタンスを見透かされて「傍観者」「なあなあにして最後は人任せ」と刺された久美子は圧倒されそうになりますが、「だったらなんだっていうんですか!」と啖呵を切ります。このシーンがひとつの転機だったのではないでしょうか。
あすかを前にして「正しいかどうかなんてどうでもいい! 自分がそう思うからそうしてほしい!」と、ともすれば自己中な子供のように喚く久美子の姿には、もうドライな良い子の面影は残っていません。
麻美子だけでなく、久美子だってずっと良い子の皮を被ってきたからあすかの気持ちが痛いほどわかってしまったんだと思います。
Blu-ray『劇場版 響け!ユーフォニアム~誓いのフィナーレ~コンテ集付数量限定版』(ポニーキャニオン)
面倒だからと言ってドライに対応し、避けてきた子供らしさ。でもそれを全開にするのは悪いことじゃない。「だってただの高校生なのだから」そうあすかへ言い放った久美子の言葉は、自分自身にも響いているように感じます。
説得の末に全国大会を一緒に迎えることのできた久美子とあすか。全国大会後に見つけた姉を追いかけて叫んだ「お姉ちゃんのおかげで音楽を好きになれたよ。お姉ちゃん、大好き!」は以前の久美子なら言うことができず、生涯後悔することになっていたのではないでしょうか。
この一年生の辛い時期を乗り越えやがて部長となり、部を引っ張っていく立場となる久美子。相変わらずドライな部分はありますが、それは日常的な部分だけ。対人では真摯に話を聞く頼り甲斐のある部長へと成長しています。
Blu-ray『
劇場版 響け! ユーフォニアム ~誓いのフィナーレ~』(ポニーキャニオン)
今回の劇場版では、部長となって初仕事となるアンサンブルコンテストの様子が描かれます。部内でアンサブルコンテストの出場権を賭けて争うなんて、部長の苦労を思うと胃が痛くなりそう......。
“良い子”の皮が完全に剥がされてしまった久美子は、今回の劇場版、そして3期ではどのようなスタンスをとり、どのような成長を見せてくれるのでしょうか。
(執筆:宮本デン)
宮本デン
音楽と酒とネット文化、そしてアニメ・ゲームに心酔するサブカルライター。大衆が作り出すカオスがどこまでいくのか見届けたいという思いで、日々執筆活動を行っています。表現に対する深読みや考察が大好きなオタク。あなたの好きなカルチャーを、深く独自に掘り下げます。
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2022.12.17
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とりあえず主人公の名前から勉強し直そうか😂
なんとなく久美子が成長していく様を見てたけど、文章でみるとなるほどこうやって成長していったのかと、すごくわかりやすかった。読んでてシーンが頭に浮かび胸が熱くなる。
こういう見方もあるんだと思って面白かった。多分、人の数だけ見方もあるのだろう。あと、久美子一年生編は劇場版じゃなくてTVシリーズで見たいと改めて思った。
筆者様がサブカルライターなので、以下に書く事は微妙なのですが・・・
YouTubeでも見かける作品に対する、考察や解説。
それっていらないでしょと思います。
基本的にわかるように作ってある訳で、普通の現国力でわからないけどわかる必要あるならば製作サイドが公式サイト等で、込めた意味や解釈を公開すればいい。そうしないのは、感じ取れなかった場合はそれでいいという事だと思います。部外者がテーマは何々とか言うのは野暮な気がする。普段、こういう記事や動画見ないのですが、タイトルからスタッフの記事かと思ったのもあって読みました。
否定的な事を書きましたが、筆者様のこの記事は上から目線的なものがなく丁寧で作品愛を感じました。有り難うございました。
なんとなくいい作品っていう印象だったけど、こうやって文章にしてもらうと何だか腹落ちしたようなそんな気分です。ありがとう。
久美子ちゃんは良くも悪くも“普通の子”、まあ“良い子寄りの普通の子”だった印象ですね。それが「上手くなりたい!」っていう、あの宇治橋の上で絶叫するシーン(あのシーンが、買い物に行く時とかに自転車で宇治橋を渡る時に毎回脳裏をよぎる…でも大好きな場面。車道の向こうから塚本くんが叫ぶところもいい!)以降からどんどん変わってゆき、あすか先輩とのエピソードでは、人に密に関わっていくという、きっと以前なら踏み込まなかったこと、避けていたことに“自分が”そうしたいからするという変化が見える、(水管橋でなくとも、宇治橋下流の右岸側から見た対岸の夕景はほんまに綺麗です。ユーフォニアムの静かな音色がマッチする…)経験→成長の過程を感じました。やはり主人公には“成長”や“変化”が必要だと思いますから、それが顕著な久美子ちゃんは、視聴者が応援したり見守ったりしたくなる子なんですね。ブレないとか言いたいことを言うより感情移入がしやすいような…。この先、独楽の中心が、回した直後は少しブレながら回り次第にまっすぐブレずに回るように、しっかり(周りの部員であり友人達、先輩や後輩たちに頼ったり支えられたりしつつ)部の中心になっていくであろう久美子部長の描かれ方も楽しみです。