阿部裕華
編集者/インタビューライター。映像・漫画・商業BL・犯罪心理学の沼に浸かる者。推しは2次元の黒髪メガネキャラ・英国俳優・BUMP OF CHICKEN・愛猫2匹。共著「BL塾 ボーイズラブのこと、もっと知ってみませんか?」発売中。
「読者の人たちが楽しめるような、癒されるような、気づきを得られるような、心を動かされるような記事を提供したい」
そんな思いを抱えながらとある人へ取材を決行しました。15年間女性向けコミックを第一線で手助けしているベテラン漫画編集者・梶川恵さんです。
“女性向けコミックスの編集者”と言っても、一般女性向け作品からBL作品まで担当する作品によって読者層が大きく異なります。さらに、「作家さんの描きたいものを描いてもらう」というスタンスのもと、担当する作品は現代を映し出した作品からファンタジー作品までテーマ性やコンセプトもさまざま。
にもかかわらず、多くの作品をヒットに導いてきたのです。FEEL YOUNGで連載していたヤマシタトモコ先生の『違国日記』。累計発行部数170万部突破、「マンガ大賞2019」第4位、「このマンガがすごい!2023」(宝島社)オンナ編 第5位を獲得。2024年には実写映画化も決まっています。
ほかにも、on BLUEで連載中の『春風のエトランゼ』(著者:紀伊カンナ)は、アニメ映画化(※映画は『海辺のエトランゼ』)を果たすなど、女性向けコンテンツの編集をしている立場からすると、「どうしたら作家さんの描きたいものを描いてもらいながら、作品をヒットさせることができるの?」と疑問が湧いてくるわけで……。
そこで話を聞きに行ったところ、そんな梶川さんも前途多難な道のりを乗り越えてきました。「就活で漫画編集者は全落ち。新卒3年間は書店営業」「編集者になって半年で4人の先輩が辞めるため、入社後すぐに単行本制作を1から全部叩き込まれた」など驚きのエピソードが。
その経験を積み重ねてきたことで語られる編集者としての心得「作家さんの描きたいものを当たるものにしていくのが編集者の仕事」や、女性向けコンテンツづくりで意識すべきこと「一般向けでは入り口の味わいを、BLではラストの満足感を大切にしている」、編集者としての指標は「読者に対して“あなたを迎える物語ですよ”という気持ちを持つこと」などなど、記事と漫画それぞれコンテンツの形は違えど学びしかない……。
ということで、編集者として大先輩である梶川さんから得た、女性向けコンテンツでヒットを生み出す極意をお届けします。
INDEX
――今日は、女性向け漫画で数々のヒット作を支えている編集者の梶川さんへ、女性向けメディアの編集者としていろいろ学ばせてもらいたく、この場を設けていただきました。
梶川恵(以下、梶川):
恐れ多いですが、ありがとうございます……! 今日はよろしくお願いします。
――よろしくお願いします! まず「編集者として大切にしていること」「編集者に必要な素養」を聞く前に、梶川さんが「編集者になるまで」について教えてください。梶川さんは幼少期から漫画がお好きだったんですか?
梶川:
小学1年生の時から漫画を読み始め、小3くらいで読んだ『ときめきトゥナイト』(※1)から漫画にすごくハマりました。お小遣いを全部つぎ込んで漫画を買いつつ、今思えば無礼ながら「あ行」から「わ行」まで立ち読みをするような子どもで……。
漫画雑誌だと「りぼん」から始まり「なかよし」「ぴょんぴょん」「ジャンプ」「サンデー」、小4くらいで「少女コミック」「マーガレット」、もう少し大きくなると「LaLa」「花とゆめ」、ホラー誌やスクウェア・エニックス系、BLだとジャンル初期の「マガビー(MAGAZINE BE×BOY)」も読んでいたし、中学生~高校生くらいから「FEEL YOUNG」を読み始めました。
(※1)『ときめきトゥナイト』…「りぼん」(集英社)にて、1982年7月号から1994年10月号まで連載された池野恋先生の少女漫画。それぞれ主人公が異なる3部構成のファンタジー・学園ラブコメディ。1982年にアニメ化。「Cookie」(集英社)にて、2021年7月号から続編となる新シリーズ『ときめきトゥナイト それから』が連載中。
――めちゃめちゃ読んでいますね。
梶川:
いやいや、買っていた雑誌もありましたが、かなり立ち読みしていたので本屋さんには申し訳ないです。単行本も雑誌の広告に掲載されていた読んだことのない作品に手を出して、一通り新書サイズを読み終えると、次はB6版サイズの棚に手を出すようになる。
「ウィングス」などちょっとオタク向けゾーンを知ってから、「ぱふ」に掲載されていた特集「まんがベストテン」にある知らない作品を順番に読んでいく。当時はネットもないし、漫画友達がいないから、何が流行っているのか分からないまま読んでいる感じでしたね。
――それだけ漫画がお好きだと「将来は漫画家になりたい」という考えが真っ先に頭に浮かびそうな気がするのですが、漫画家を目指すことはなかったのでしょうか。
梶川:
自由帳にめちゃめちゃ絵を描く子どもではあったのですが、全く右向きの顔が描けるようにならなくて(笑)。ネームも切れなかったですしね。左向きの絵や洋服の絵を描くのが好きだけど、右向きの絵を描いたり、ネームを切ったりする努力はしなかった。漫画を読むのに忙しいから、その先に扉を開かなかったんですよね。
――では、「漫画編集者」を目指したのはいつ頃、どのようなきっかけからだったんですか?
梶川:
高校卒業後の進路を考えた時ですね。私、高校では進学校に入ったものの、進学校の授業についていけなくて。お菓子づくりが好きだったから「大学に行くのはやめて、パティシエになる!」と、勉強をやめて製菓専門学校の取り寄せビデオを見るようになったんですね。
でも、ネットなき時代にいろいろ調べてみると、「お菓子業界は男性優位社会」「女性は男性の倍努力しないと上にはいけない」という偏った知識を得るようになる。「早起きして、人の倍働いて、大してお金ももらえないってキツくない?」と子どもながらにハッとしたんです。今振り返ると、修行して自分のお店を持てば良かったのではないかと思うのですが(笑)。
また、親からも「進学校に行ったのだから、できれば進学してほしい」と言われ、それなら興味のあることや好きなことをやりたいと。そこで「漫画編集者がいいかも」と目指すようになりました。当時の進学ジャーナルに書かれていた、出版社に入社している人の大学傾向を見て、文系3教科で入れそうな大学を受けました。
――とはいえ、梶川さんのキャリアの始まりは書店営業ですよね?
梶川:
大学卒業後は3年間、書店営業をしていましたね。漫画編集者になるために就活をしたものの、めちゃめちゃ落ちるんですよ。
というのも、私は「漫画が好きで漫画をたくさん読んでいます!」を売りにする就活生だったのですが、大学生の資金で読んでいるだけの量で「私はこれだけ漫画を知っている!」とアピールしても、給料をもらって自分より漫画を読んでいる編集者に刺さるわけがないんですよね。
それで編集職に全部落ちて、唯一受かったのがKADOKAWAの書店営業でした。書店員から編集者になる人もいるし、書店のことを勉強したら業界の知識も身につく。「まずは業界に入らなければ!」と思い、入社しました。業界の知識を学びつつ、就活での反省を生かして「漫画編集者が知らない作家を仕入れないとダメだ」と同人誌を買いにコミケへ行っていました。
――書店営業をしながら、漫画編集者への夢を叶えるべくコミケへ足を運んでいたと。
梶川:
行っていましたね。一次創作、二次創作関係なく、「いい作家さんいないかな」と探すために。
ジャンルにハマっているわけではなく、好きな作家さんを見つけるため、と動機が不純なので苦労しました。なんとか好きな作家さんを見つけ、それを持って転職活動をし、幻冬舎コミックスの漫画編集アシスタントに受かりました。そこで基礎的なことを教わりました。
ところが、幻冬舎コミックスは自分に合わず、1年で辞めることに……。
――でも、そこで漫画編集者の道を諦めなかったんですね。
梶川:
そうなんです。転職サイトから仕事を探すのではなく、好きな雑誌が出ている出版社へ片っ端からメールをし、最初は「募集していない」と言われ……派遣の仕事を3ヶ月やり、そのタイミングでシュークリームが募集を出していたので「よっしゃ!」と受け、26歳でシュークリームへ入社しました。
学生時代から読んでいたFEEL YOUNG(以下、フィーヤン)編集部に入れたから、「頑張ろう!」という気持ちでした。
――シュークリームへ入社後、どれくらいの期間で担当作家さんを持つようになったのでしょう。
梶川:
今思うとすごく特殊なのですが、先輩たちが一気に辞める年だったこともあり入社2ヵ月後には編集会議に参加してコミケで見つけてから温めていた作家さんたちを提案し、入社半年くらいで担当作家さんを持っていたと思います。自分で依頼して最初に担当したのは、鳥野しのさん。『オハナホロホロ』(※2)という作品を描いてくださいました。
同じタイミングで、ヤマシタトモコさん、えすとえむさん、社長と一緒に河内遙さんにもオファーしています。人がいなくなるのが分かっているから、社長たちも「やらせてみよう」と思ってくれていたんですよね。私が能動的に動いて編成表が埋まっていくから、それはそれで会社としても良かったのだと思います(笑)。
「この人に行きたいです!」と言ったら連載になるし、もともと描いていらしたフィーヤンの先生方もすごく好きで引継ぎで担当を任せてもらえたし、最初からとても楽しかったです。
――1年編集アシスタントの経験があるにしても、ほぼ未経験から半年で担当作家さんを持つのは珍しいですよね。入社1年経っても担当作家を抱えていない漫画編集者さんは多くいるのに。
梶川:
とても幸運だったと思います。 私が入社したタイミングって、前述のとおり社長と社員4人しかいない編集部の中で、半年くらいで4人辞める年だったんですね。皆さんが辞めるまでの半年間で、単行本制作を1から全部叩き込まれました。
また、弊社は社長夫婦が担当する作家さんのサブ担当につく制度があり、入社後すぐにサブ担当に入らせてもらって、作家さんとのやり取りを見せてもらっていました。
入社からかなり早いタイミングで、いろいろな経験をさせてくれたり、編集会議に参加させてもらって「当たりたい作家さんいる?」と聞いてくれたりした会社には、すごく感謝しています。
――単行本制作など編集業務の知識や技術は教わっていたのかと思いますが、先輩編集者たちがこぞって辞めていく中で、「編集者としての心構え」みたいなものはどのように学んでいったのでしょう。
梶川:
辞める前の先輩方や大手出版社でのバイト後に弊社へ入社した新卒の子に話を聞いたり、社外の編集者とよく飲みに行って話を聞いたり。作家さんたちに「編集者のいろはを習っていないのかな?」と思われたくなかったから、いろいろな人に話を聞いて、「いいじゃん!」と思ったことはとにかく取り入れていきました。
――いろいろな心構えがある中で特に印象に残っていて、今でも意識していることはありますか?
梶川:
ジョージ朝倉さんの担当をしていた先輩が言っていた「担当している作家さんが金字塔のような作品を持って、特別な存在感がある作家になるようにお手伝いしていく」ということ。
それを聞いて、新刊の発売が遅いけどファンの人から待たれているベテラン作家さんがいた書店営業時代のことを思い出しました。キャリアを積んでいく中でしっかりファンがいれば、新刊が数年に一度しか出さなくても作品はちゃんと買ってもらえる。そういう特別な人にしていくことも私たちの仕事かもなと意識するようになりましたね。
――作家さんによっては「特別な人になるよりも、自分の描きたいものだけを描ければそれでいい」というタイプの人もいると思います。そのズレはどうやってチューニングしていくんですか?
梶川:
おっしゃる通りそういうタイプの作家さんもわりといらっしゃいます。弊社としても社長が「作家に好きなものを描いてもらうことで成功してきた」と言っているくらい“作家主義”なので、作家さんにはできるだけ描きたいものを描いてもらいたいと思っています。
とはいえ、私はその作家さんが描きたがっているネタやストーリー構成は、そのまま描いても市場に伝わる面白さなのか、一旦考えます。市場の受け皿が小さそうなネタだったら、どうやって惹きを作るのか、などいろいろと。
そのまま描くのが難しそうならば、作家さんは何を描きたがっているのか、どんなふうに届けたいのかを聞いて、読者に届きやすくする形をさぐります。
同人誌や、インターネット公開など、編集者がいなくても自由に描いて自由に作品を発表できる時代だからこそ、編集がかかわるメリットを作れたらと思っています。
――そういう作家さんの考えや思いを引き出す話し方は、どうやって身に着けていったんですか?
梶川:
私はもともと人とおしゃべりするのがとても好きな上に、インタビューを読むのがすごく好きなんです。だから、作家さんに「あなたはどういう人ですか?」と話を聞くのがすごく楽しいんですよね。好きなことのルーツとか、絶対にときめくツボ、嫌いなこととか。
だから、基本的には「いっぱいおしゃべりするから」という回答になるんですが、そのほかに、新人編集時代に、えすとえむさんや河内遙さん、ヤマシタトモコさんなど私と同世代の作家さんに、創作している人の楽しさや難しさ、誠実さをおしゃべりを通して教えてもらえたのが大きかったかもしれません。
「漫画家ってこんな人たちなんだなあ」と感じました。まあ、私は粗忽者(そこつもの)なので、ぜんぜんキメ細やかなコミュニケーションをとれているわけではないのですが……。
――作家さんの描きたいものを当たる作品にしていくために、作家さんとどのような話し合いをするのか、もう少し具体的に知りたいです。
梶川:
前述のとおり作家さんの人となりを知るために、「何が好きなのか」「何を描きたいのか」をとにかく聞きます。そこから描きたいことの解像度を上げていく、解像度を上げるための研究材料を作家さんの耳に入れていくような話し合いをします。
具体的な例を挙げると、『狼への嫁入り 〜異種婚姻譚〜』(※3)。作者の犬居葉菜さんは、二次創作のBL同人誌を描いていたところ、商業BLへお声がけしたんですね。商業BLに明るい方ではなかったので、まずは「どんな傾向の作品が好きなのか」「好きなネタやテーマは何なのか」を聞く必要がありました。
やりとりを始めた序盤のネタでは、繊細で透明感のある内容ではあるのですが、デビュー作でやるには起伏が少ない印象だったんです。読者の満足度をつくるのには物足りないかもしれないなと。
それでもう一案いただくことになったんです。改めて「何が好きなのか」を聞いてみると、「人外が好き」と分かったんですね。
――それで狼族×兎族という人外の設定になったんですね。
梶川:
また、犬居さんは物語を作り込む力のある方だと感じていたので、物語の最初に婚約関係になるところから始まり、絆が深まっていく中での内面の変化を描いていただくのがいいだろうと、“結婚もの”を提案しました。
そこから1冊分を描き上げる程度の設定を考えてもらおうと思ったのですが、1冊には到底おさまり切らないくらい細かい設定を出してくれて。話し合いながら構成を組んでいきました。構成については通常、要素が多くなった分だけページを割かなければならず、漫画1冊分の内容量が増えてしまうんですね。
だけど、犬居さんはワンシーンの描写力がとても高い方だった。1つのシーンに物語を進行させつつキャラクターの立ち位置や関係性などの多くの要素を取り入れることが巧みな方でした。なので、読み応えがあるんですよ。
そうやって徐々に犬居さんの得意なことが分かってきて、「これは丁寧に作れば、大きな反響を得られそう」と思い、私が海外旅行中にトランジットをする空港で電話をして打ち合わせしたことも(笑)。赤字がたくさん入ったネームでお返事をお送りした回もちらほらありました…。
――文章を書く身としても、文章を編集する身としても、赤だらけの原稿はなかなかメンタルに来るものがあるなと……。
梶川:
最初に「私のことを殺したくなると思うけど、とりあえず聞いてくれますか」と言いました(苦笑)。ほかにも、「私の好き嫌いで赤を入れるのではなく、この作品が成功するためだけに話し合いたい」「こういう満足感が必要だから、ここに直しを入れました」と必死にお話しましたね。
犬居さんご自身はとても柔らかいお人柄で、そもそもそんな風に言わなくても怒るような方ではないのですが、犬居さんが一生懸命だからこそ申し訳なくて……。
また、犬居さんは最初のころ、ラブシーンがそんなに得意ではなかったのですが、商業BLのラブシーンは少年漫画のアクションシーンと同義。「少年漫画でここから戦うと思ったのに、すぐに解散したら肩透かしでしょう? なので、ここのキスシーン、もう少しラブくしてください」とお伝えするとか、そういう話し合いを重ねていきました。
――実際、『狼への嫁入り』は「BLアワード2020 BEST次に来るBL部門」2位、「このBLがやばい! 2021年度」13位にランクイン。現在、続編連載中。デビュー作でありながら、しっかり結果を出しています。素晴らしい。
梶川:
やっぱり犬居さんは物語を生み出す力が強い方なので、ふんばってくださった物語は本当に面白いお話になりました。大きな反響を得られてよかったです。
――今お話しいただいたのは新人作家さんとのコミュニケーションかと思いますが、お付き合いの長い作家さんやベテランの作家さんとのコミュニケーションはどのように取っていらっしゃるのでしょうか?
梶川:
作家さんごとにやり方は違いますが、ヤマシタトモコさんの『違国日記』(※4)は単行本1冊分ごとに大きな流れを打ち合わせていました。『違国日記』は小説家の叔母が、姪をひきとるお話なのですが、物語の序盤は「イケメンを出してくれ!」とか、俗っぽいリクエストをすることもありました。ヤマシタさんが描くイケメン、好きなんですよ……。
(※4)『遺国日記』…「FEEL YOUNG」(祥伝社)にて、2017年7月号から2023年7月号まで掲載されたヤマシタトモコ先生によるヤングレディース漫画。人見知りな小説家と姉の遺児がおくる年の差同居譚。「マンガ大賞2019」第4位、宝島社「このマンガがすごい!2019」オンナ編第4位を獲得。2024年、新垣結衣主演で実写映画化。
ですが、だんだんと打ち合わせは質問が多めになっていきました。「朝(姪)の進路問題について、希望学部とかアンサーとなる描写は入れますか?」みたいに、ふと私が「読者代表」として気になったことを投げていく感じです。
本当にダイレクトにそのことが描かれるかどうかというより、ヤマシタさんが「そこが気になる人がいるかもしれないのか」と、刺激を受ければ良いんじゃないかと思っていました。ヤマシタさんの考えていることを教えてもらって、何かしらの“ツボ押し師”になれたらいいんですよね。
――“ツボ押し師”ですか。
梶川:
はい。やっぱり他人から「ここが気になるかも」「こういうの読みたい」と伝わるのって良いと思うんですよ。
――作家さんとのコミュニケーションが功を奏しているのは大前提にあるとして、それ以外で「作品が当たるために編集者として意識していること」は何か思い浮かびますか?
梶川:
「読み味」でしょうか。
BLはハッピーエンドが非常に好まれます。それはかつてBLを好きになった過程の中で、BLのハッピーエンドにときめいて癒されてきた経験があるからなんですよね。
――BL好きとしては思い当たる節しかないですね……。
梶川:
(笑)。これは私の担当作ではないのですが、はらださんの『ワンルームエンジェル』(※5)のような、鮮烈なラストで終わる物語のカタルシスもとても支持されているので、必ずしもハッピーエンドじゃないと受け入れられないというわけではないんですけどね。
一般的なハッピーエンドにならなくても、最後の満足度が高ければ「すばらしい!」と読み手は受け入れてくれる。なので、とにかく「最後の読み味がどうなるか」作家さんのイメージを理解するようにしています。キュンなのか、萌えなのか、尊いなのか、切ないのか、号泣なのか、みたいな感じで。
――作家さんには、そのゴールに向かって描き進めていただくんですね。
梶川:
できればそうしたいですね。AさんとBさんのどちらの好意が物語を押し動かすのか、途中から物語を動かす人物が変わるのか、などを話し合いながら議事録を取りつつプロットを仕上げていきます。
プロット通りにいかない連載もあるのでその都度調整しつつ。そのあと、「最後にこの感情を持って行くなら、ここまでに気持ちが傾くエピソードを入れましょう」など、1冊分を作り上げる上で必要なことを提案しています。
――一方、一般の方は何を意識しているんですか?
梶川:
一般ジャンルは、BLより作品点数が圧倒的に多いんですよね。青田買いをする漫画好きの方たちに1巻から気づいていただける作品もあるのですが、熱心な読者が多いBLに比べて「気づいてもらいにくい」面があります。
面白さに気づいてもらえて火がついた時に、ライト層にまで広がっていきやすいのは一般ジャンルなので、どちらのジャンルのほうが良い、ということはないのですが……とにかく「埋もれないような読み味」を探します。
――埋もれないような「持ち味」というのは?
梶川:
社会を掬い取るようなテーマでも、読者の生活に響くようなテーマでも、味わったことがない味がするか。そういうものを探していきます。
1巻から話題を呼んでいる雁須磨子さんの『ややこしい蜜柑たち』(※6)は、親友(女)に執着して彼氏を寝取ってしまった迷走女が主人公で、味わったことがないゾクゾク感が味わえます。読者さんからも「なんと言い表していいか分からないが、とにかく面白いことだけは分かる」という、戸惑うような興奮が寄せられていて、その現象だけでも面白いです。
また、味わったことがある味だとしたら「みんなが好きなおいしさ」の味がしているかどうかを探ります。町麻衣さんの研究者ラブコメ『アヤメくんののんびり肉食日誌』(※7)に、ワニの研究者同士が織りなすサブカップルがいて、とても人気があるんです。
誰の言うこともきかない鬼みたいに怖い男性研究者を、自由人なバツイチ女性研究者が手のひらで転がしている。そんなギャップ感がめちゃくちゃ萌えるケンカップルなんです。サブカップルだからこそ許される、たまに出てきて「やいのやいの」やっているのが良いという萌え感。絶妙な「みんなが好きなやつ!」を醸成しているんですよね。
こういう「読んだらどんな味が味わえるんだ……?」と期待を持ってもらえるような要素を探して、そこを伸ばせるように、どう面白いのか作家さんに伝えていくようにしています。
――読者の年齢によって仕事への向き合い方やライフスタイルが大きく異なるため、作品に求める共感ポイントや気づきポイントもその時々で異なるイメージがあります。何を指標にしているのでしょうか?
梶川:
編集者全般に言えるのは、社会のニュースやSNSの声でしょうか。一般もBLと同じく「作家さんの描きたいものを描いてもらう」がベースにはありつつ、どちらも読者に対して「あなたを迎える物語ですよ」という気持ちを持っていたいと思っています。
「私のことのようだ」と感じさせる共感しかり、「めちゃくちゃfor meなときめきだ!」と感じさせる萌えしかり。何かしら読者をお迎えしたい。そういったことは一人で考えていても何も更新されないので、「外」に目を向けるようにしていますね。
――梶川さんご自身が編集をする上で指標にしていることはありますか。
梶川:
私が編集としてなるべく気をつけていることとしては、その構造上の弱者が「自分が悪いから、この状況になっているんだ」と描写に正当性を持たせないことです。SNSが浸透したことで、社会の中で自分が置かれている立ち位置が言語化されるようになり、自分の困りごとや不利なことに自覚的になっている読者が多くなりました。
例えば、ハラスメントを受けている主人公が「自分が〇〇なせいだ、全部自分が悪い」と泣いている描写があったとします。でもそれが美醜だったり、セクシャリティだったり、生まれ持っての性質だったり、加害されるべきでないことで被害を受けていたりするとしたら、それは加害側が悪いわけで、その逆を肯定しているようなお話はヤバいと思うんですよ。
どんなに悲観的な感情描写によるけれん味があったとしても、物語の大いなる視点としては、「そんなことはおかしい」でありたい。読者の世代や置かれた状況により、生きづらさの理由は違うけれど、総じて「自分の置かれている状況がおかしいものであれば、それはおかしいと言っていい」と分かるような作品を作家さんには描いてほしいと思っています。
――間違った誘導を生まない作品づくりを心がけているんですね。ちなみに、BLや女性向け一般など梶川さんご自身が担当するジャンルの中で、今後変化が必要だと感じることはありますか?
梶川:
「BLは必ずしも恋愛に帰着しなくてもいい」という物語をもっと読んでもらえるようになるといいなと思っています。恋愛関係に至る途中の男性同士の絆を描いた、物語性が強い作品を抱えられるようなジャンルになったら素敵だよなと。
今、それにトライするとなると、その作品がBLから一般ジャンルに近づくことでもあるので、埋もれやすくもなります。だからこそ強い「読み味」が必要で、作家さんの筆力はより一層必要なんじゃないかと思います。
例えば、過去に同人誌でそういうBL作品を描いた経験があるとか、構成力が高い既存作品を持っているとか、チャレンジングなことに取り組むタフさがあるとか、何かしら武器は必要になります。とはいえ、オリジナル作品を初めて執筆する作家さんは、必ずしもそういう要素を持っている方ばかりではないと思います。
それでも、どうしてもチャレンジングなテーマをやってみたい場合は、読切りでトライしてみるというのもいいと思います。今、「1冊分の連載もの」からスタートする方がとても多いんですが、読み切りから始めてみて原稿がたまったら短編集を作るというのも魅力的ですし。
――最近は1冊ものが増えていますけど、以前の商業BLは短編集が多かったですものね。
梶川:
体感ですが、on BLUEを創刊した頃は、短編集が今よりたくさんあった時代でした。当時は、新人作家さんが短編集でベテランと戦うよりも、1冊にわたり1組のカップルを描いた方が「読み味」が強くなって戦いやすいのではないかと思って1冊ものを推奨してきました。それでちゃんと当たったこともあり、on BLUEは早い段階から1巻完結ものが主流でした。
でも今は、逆に個性的で満足度が高いお話が何本も入っている「強い短編集」を作れたら目立てるかも?とも思うんです。ほとんどが1冊ものの時代なので、ブルーオーシャンとレッドオーシャンが逆になっている可能性はありますよね。
――ここまで梶川さんが編集者として意識していることを聞いてきましたけど、それを踏まえた上で「コンテンツ編集者に必要な素養とは何か」をお聞きしたいなと。
梶川:
面白味のない回答ですが、やっぱり「コンテンツ研究を頑張れること」。1人で研究できる人が強いとは思うけど、シュークリームの編集者たちは人とたくさん話してみんなで研究しています。
BLなら二次創作で流行っている作品、ジャンル、カップリング、一般ジャンルなら社会的な事件や事象、ヒットドラマなどについて話すことが多いです。商業ヒット作や二次創作のカップリングについて「この要素が良かった・強い」ということを話し続けることで、大きな流行もわかりますし、「この傾向のものはこういう読者層に響きやすい」という気づきを共有できます。
――人と話すことで、コンテンツの解像度が上がりますもんね。
梶川:
はい、そういうのは明らかにありますね。自分の興味がないコンテンツでも人と話しまくって解像度を上げていく。1人で研究するより、みんなで底上げされていく感覚があって、編集部そのものの基礎力にも繋がっていると思います。
また、編集者に必要な素養はもう1つあるなと思っていて。
――何でしょう?
梶川:
「作品は作家さんのもので、自分の評価だと思わないこと」です。どれだけ打ち合わせでアイディアを出したり、作品発展に奮闘したりしても、やっぱり生み出しているのは作家さんです。自分の名前で世の中に作品を提出して評価を受けているのも作家さん。
私たちは、その横で安全度が高い会社組織に属しながら関わっている。だから作品がどんなに高く評価されても、その作品を立ち上げられた「幸運」を喜んで、作家さんが描きたいことが売れるように、“ツボ押し師”でいられたらいいなと思っています。
――そんな作家至上主義が前提にありながら、編集者の意見を作家さんに取り入れてもらうのって、すごく骨の折れることをしている気がするのですが……。
梶川:
私はそれが好きなんですよね。私、寿司が好きなんですけど、感覚的に担当作家さんって寿司屋に近いというか……。
――寿司屋……?
梶川:
この例えは、担当作家さんから「何言っているの?」とずっと言われているのですが……(笑)。寿司屋っていつ行っても何食べてもうまいから人生のうちになるべく多く行きたいわけですよ。
しかも、本日のオススメとかは店に行くまで分からないからおもしろい。寿司屋の常連でいたいから、そのために頑張って通い続ける。まあ、実際に通っている寿司屋なんかないのですが……(笑)。
作家さんとの仕事も同じことなんですよね。担当編集者として「い続ける」ために頑張っているんです。作家さんは私のすごく大切な寿司屋なので、「どうやって楽しく作品づくりしてもらうか」「どうやって繁盛させるか」を考えて、作家さんと接したいと思っています。
――めちゃめちゃ勉強になるお話、ありがとうございました!
(取材&執筆:阿部裕華)
阿部裕華
編集者/インタビューライター。映像・漫画・商業BL・犯罪心理学の沼に浸かる者。推しは2次元の黒髪メガネキャラ・英国俳優・BUMP OF CHICKEN・愛猫2匹。共著「BL塾 ボーイズラブのこと、もっと知ってみませんか?」発売中。
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