双海 しお
エンタメジャンルで執筆するフリーライター。2.5次元舞台が趣味かつライフワークで、よく劇場に出没しています。舞台とアニメとBLが好き。役者や作品が表現した世界を、文字で伝えていきたいと試行錯誤の日々。
何かを得るには同等の対価が必要。そんな“等価交換の法則”を「鋼の錬金術師」で学び、魂に刻んだ者は多いだろう。
2024年6月8日(土)に東京・日本青年館ホールで開幕した舞台『鋼の錬金術師』―それぞれの戦場―は、荒川弘の代表作にして、ダークファンタジー少年漫画の金字塔として根強く愛される漫画「鋼の錬金術師」の舞台化シリーズ第二弾だ。
アクションや演出、バンド生演奏による音楽、なにより役者陣が自らに落とし込み生み出した生き様という名の芝居が、ウィンリィのパンチよろしくまっすぐ胸へと届いてきた。
本記事では、あまりの満足度の高さに思わず「これは“等価交換の法則”を無視した面白さでは?」と唸ったゲネプロの様子をお届けする。このゲネプロではWキャストのうち、エドワード・エルリック役を廣野凌大、ロイ・マスタング役を和田琢磨が出演した。
INDEX
開演前、紗幕には前作の映像とともにエルリック兄弟の旅のこれまでが映し出された。1年と少し前、賢者の石を求めた結果、あまりに悲しい別れを経験して、それでも決意を胸に前に進むことを諦めなかった兄弟の旅路は、あれから“今”へと続いていたのだと実感させられる。
序盤からテンポよく、まるで少しも立ち止まらないエド(演:廣野凌大)のように、物語が展開していく。弟のアルことアルフォンス・エルリック(声:眞嶋秀斗/スーツアクター:桜田航成)とともに、師匠イズミ・カーティス(演:小野妃香里)のもとを訪れ、破門を言い渡される兄弟、ダブリスの街で起きたデビルズネスト殲滅戦での出来事、ロイ・マスタング(演:和田琢磨)とともにセントラルへ異動する5人の部下、貧民街を離れ復讐の道を選ぶ傷の男(スカー)(演:星 智也)……。
タイトルにある副題「―それぞれの戦場―」を予感させる演出に胸が高鳴ること必至だ。さらに今作はリン・ヤオ(演:本田礼生)をはじめ、アメストリスの隣国・シンの面々や、エルリック兄弟の父親であるヴァン・ホーエンハイム(演:鍛治直人)も登場する。
前作以上に登場キャラクターが増え、相関図はよりいっそう複雑に。物語の根幹に関わる事件や出来事も各所で巻き起こるのだが、演出・石丸さち子がこれを見事な手腕でシンプルにひとつの大きなうねりとしてまとめつつ、それでいて作品の根底に流れる熱さを舞台上に表現していた。
前作で「賢者の石」の恐ろしい真実――その材料が生きた人間であることを知ったエルリック兄弟は、自分たちが禁忌を犯したことで失った身体を取り戻すための道を一度絶たれてしまう。
「足を止めてしまっては、何も生まれない。ゼロはゼロのまま」そう自分たちに言い聞かせるように、あまりにがむしゃらに走り続ける兄弟の姿はどこか痛々しさが漂う。“走っていないと不安”という闇に飲み込まれてしまうのかもしれない。
お互いに、自分のせいで兄弟が身体を失ったという自責の念がある。加えてアルは、自分と似た境遇の囚人ナンバー66ことバリー・ザ・チョッパーとの邂逅を経て「自分は本当にアルフォンス・エルリックなのか?」「戻るべき肉体がそもそもないのでは?」といった苦悩も抱えることになる。
少年が背負うにはあまりに重く過酷な感情だ。しかしそれでも、兄は弟のために目を逸らしていた過去に向き合い、弟は兄のために無茶をする。廣野と眞嶋が演じるこの兄弟は、そういった行動に出る際の感情が、いい意味でとてもフラットに感じられた。行動を起こすための芝居がかったスイッチが不要で、どこまでもエドやアルとして自然体なのだ。
廣野の演じるエドは、廣野自身が持つやや無鉄砲にも見える大胆さや熱さ、懐の深さといった要素と共鳴し合ってエドらしさが表出する印象がある。Wキャストの一色洋平は、緻密にキャラクター像を積み上げる技巧派といった印象だ。2人のエドの違い、そしてそのエドの芝居を受けるアル役の眞嶋の芝居の変化を楽しんでみるのも、Wキャストの醍醐味だろう。
2作目ということもあって、キャラクターがより役者と馴染んでいると感じられる場面が多々あった。これはエルリック兄弟に限った話ではないが、相槌ひとつ、体重移動の仕方ひとつを取っても、キャラクターの魂がそこに感じられる。内側から発せられる、それぞれのキャラクターとしての命の輝きが重なることで、この作品の奥行きを作り出しているのではないだろうか。
苦悩を抱えるキャラクターという点では、岡部麟が演じるウィンリィ・ロックベルにも注目だ。エルリック兄弟が今作で、自分たちの歩むべき道についてひとつの答えを出す一方で、ウィンリィも大きな決断を迫られることになる。岡部の芝居の新たな引き出しを楽しんでみてほしい。
軍関係者は、ロイ・マスタングやリザ・ホークアイ(演:佃井皆美)、ジャン・ハボック(演:君沢ユウキ)といったおなじみの顔ぶれに、さらに新キャラクターとしてヴァトー・ファルマン(演:寿里)、ハイマンス・ブレダ(演:滝川広大)、ケイン・フュリー(演:野口 準)が加わった。シルエットからして完璧な再現度を誇る追加キャスト陣は、芝居面でも安定感抜群な実力派揃い。親友の敵討ちを誓ったマスタング大佐にとってこれ以上ない心強い援軍だろう。今作はラスト(演:大湖せしる)との戦いで本気のマスタング大佐を拝めるので、ファンは心して観劇に臨んでほしい。
抜群の身体能力を持つキャスト陣を起用したシン国の面々が加わったことで、アクションの見応えは格段に増した。錬金術での戦闘は、その技の特性からプロジェクションマッピングを駆使したものが多くなる。それはそれで大迫力なのだが、アクロバティックな体術がメインのフー(演:新田健太)やランファン(演:星波)の戦いっぷりは、やはり肉弾戦とあって独特な緊張感が癖になる。ひょうひょうとしているリンは、今作ではまだ手の内を見せていない。本田のブレイクダンス仕込みの軽やかなアクションが存分に観られる日が待ち遠しい。メイ・チャン(演:柿澤ゆりあ)とパンダのシャオメイの可愛らしさもお見逃しなく!
本作は、兼ね役やアンサンブルキャストの配役も事前に一覧が公開されている。
https://stage-hagaren.jp/caststaff/
ゾルフ・J・キンブリー役の鈴木勝吾であれば、ほかにグリードとバリー・ザ・チョッパーの声を担当する。生死をかけた戦いに高揚を覚えるキンブリーを、鈴木が得意とする場を支配する怪演で魅せたかと思えば、愛嬌あるバリーをコミカルに演じる。
ウィンリィの両親役は、デニー・ブロッシュ役の原嶋元久とマリア・ロス役の七木奏音が演じているし、スカーの兄役はハボック役の君沢が演じている。誰がどの役を演じているかを事前に把握しておくと、役者の芝居の幅や奥深さを感じられるのでおすすめだ。
本作はエルリック兄弟にとって、改めて“前に進む”ことを問う物語といえる。舞台上では扉のセットが効果的に使われていたのが印象的だ。その扉は、彼らの行く手に待つ「真理の扉」や、現状を脱して「前に一歩進むための扉」を暗喩していたように思えてならない。
劇場もまた、1枚の扉によって演劇世界と日常世界が分かたれている。劇場に足を踏み入れるという勇気と引き換えに、得られるのはその勇気以上に価値のある一度限りの贅沢な時間だ。観劇後、きっと自然と両手を合わせ無限の“拍手”を錬成したくなることだろう。
執筆:双海しお
以下、Wキャストのエドワード・エルリック(演:一色洋平)、ロイ・マスタング(演:蒼木陣)。
舞台『鋼の錬金術師』―それぞれの戦場(いくさば)―
STAFF
原作:「鋼の錬金術師」 荒川 弘(「ガンガンコミックス」スクウェア・エニックス刊)
脚本・演出:石丸さち子
音楽監督:森 大輔
作詞:石丸さち子
作曲:森 大輔
美術:伊藤雅子
照明:日下靖順
音響効果:天野高志
音響:増澤 努
映像:O-beron inc.
舞台監督:今野健一
ヘアメイク:馮 啓孝 井村祥子
衣裳:渡邊礼子
小道具:羽鳥健一
殺陣:新田健太
演出助手:矢本翼子
楽器:中平チェリー皓也
制作進行:麻田幹太
宣伝デザイン:山代政一
グッズデザイン:山代政一 石本寛絵
デザイン協力:石本茂幸
フォトグラファー:TOBI
CAST
エドワード・エルリック:一色洋平/廣野凌大(Wキャスト)
アルフォンス・エルリック:眞嶋秀斗
ウィンリィ・ロックベル:岡部 麟
ロイ・マスタング:蒼木 陣/和田琢磨 (Wキャスト)
リザ・ホークアイ:佃井皆美
ジャン・ハボック:君沢ユウキ
ヴァトー・ファルマン:寿里
デニー・ブロッシュ:原嶋元久
ハイマンス・ブレダ:滝川広大
ケイン・フュリー:野口 準
マリア・ロス:七木奏音
リン・ヤオ:本田礼生
メイ・チャン:柿澤ゆりあ
フー:新田健太
ランファン:星波
ティム・マルコー:阿部 裕
ヨキ:大石継太
イズミ・カーティス:小野妃香里
ラスト:大湖せしる(※※)
エンヴィー:平松來馬
グラトニー:草野大成
ピナコ・ロックベル久:下恵美
キング・ブラッドレイ:谷口賢志
傷の男(スカー) :星 智也
ゾルフ・J・キンブリー:鈴木勝吾
ヴァン・ホーエンハイム:鍛治直人
※Wキャストは五十音順
※※出演者が変更になっております
SUIT ACTOR
アルフォンス・エルリック:桜田航成
ENSEMBLE
真鍋恭輔 田嶋悠理 榮 桃太郎 丸山雄也
BAND MEMBER
Band Master & Key. 森 大輔
Gt. オオニシユウスケ
Dr. 直井弦太
Ba. 富岡陽向
主催:舞台『鋼の錬金術師』製作委員会
日程・劇場:
【TOKYO】2024年6月8日(土)~6月16日(日) 日本青年館ホール
【OSAKA】2024年6月29日(土)~6月30日(日)SkyシアターMBS
チケット一般販売中!
https://l-tike.com/stage-hagaren/
チケット代金(全席指定/税込)
グッズ付S席(1階席) 12,500円
※劇場にて特典として【限定グッズ(非売品)】をお渡しします。
A席(2階席) 9,500円
注釈付きS席(グッズ付) 12,500円 ※ステージや演出、映像の一部が見えにくい可能性がございます。ご了承の上、お買い求めください。
<S席【限定グッズ】>
ビジュアルクリアクリップシート(2枚セット/全2種)
A:共通デザイン
B:エドワード・エルリック(一色)/アルフォンス・エルリック/
ロイ・マスタング(和田)/リザ・ホークアイ
C:エドワード・エルリック(廣野)/ロイ・マスタング(蒼木)/
ジャン・ハボック/リン・ヤオ
※B、Cいずれかランダムでお渡しします。絵柄をお選びいただくことはできません。
■チケットに関するお問合わせ
ローソンチケット:https://faq.l-tike.com/
■公演に関するお問合わせ
マーベラス ユーザーサポート https://www.marv.jp/support/st/
ユーザーサポート営業時間10:00~17:00 (土日祝日休業日を除く)
※営業時間外にいただいたお問い合わせは翌営業日以降のご返信となります。
■公式HP
https://stage-hagaren.jp/
■公式X
@stage_hagaren
■公式Instagram
stage_hagaren_official
©荒川弘/SQUARE ENIX・舞台「鋼の錬金術師」製作委員会
双海 しお
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