曽我美なつめ
音楽、二次元コンテンツ(アニメ/マンガ)を中心にカルチャーを愛するフリーライター。コロナ禍を経て10年ぶりにオタク・同人沼に出戻りました。全部宇髄天元のせいです。
2024年7月に放送開始となったアニメ『逃げ上手の若君』(以下、逃げ若)。
現在も週刊少年ジャンプで連載中のマンガを原作とした本作。歴史に準拠した激動の時代を描くストーリーや、SNSでも話題を集めた主人公・北条時行をはじめとした魅力的なキャラクターなど。様々な見どころが火付け役となり、今期アニメでも指折りの注目作ともなっています。
今回はそんなアニメ『逃げ上手の若君』の見どころをご紹介。アニメと併せて、原作マンガや歴史まで追いかけたくなる。そんな名作のポイントをピックアップして語らせてください。
※記事の特性上、北条時行の史実に触れています。
INDEX
今作の物語は、主人公の少年・北条時行が一族郎党を皆殺しにされたところから始まります。
彼の父は時代の権威を築く鎌倉幕府の執権・北条高時。お飾りの頭領ではありますが、ゆくゆくは正室の息子である彼が父の後を継ぎ、この鎌倉の町を統べるはずでした。
激動の戦乱の時代で約100年もの間、争いのない世を治めた北条家。時行もまた、そのお膝元となるにぎやかで平和な鎌倉の町が大好きな、心優しい少年です。
朗らかで穏やかな性格の彼ですが、唯一にして最大の短所はその“逃げ癖”。面倒事や嫌なことからは徹底的に逃げ回るため、兵法の勉強や弓矢の鍛錬などからも毎日元気に逃走。
そんな彼を家臣たちがひいひい言いながら追いかける…という光景も、ごくありふれたお屋敷の日常風景でした。北条家に忠義を尽くして仕えていたはずの家臣・足利尊氏が謀反を起こし、後醍醐天皇と結託して鎌倉へ攻め寄せるまでは。
学生時代に日本史を勉強した人や歴史好きの人にとっては周知の通り、後に「元弘の乱」と呼ばれる1333年の戦いで鎌倉幕府は滅亡。この時唯一生き残った時行も自害を選ぼうとしましたが、諏訪の神官・諏訪頼重の説得・手引きによって鎌倉から逃げ延び、彼らの本拠地である諏訪で身を隠すことになります。
一族の仇であり、平和な鎌倉の地を彼から奪った憎き敵、足利尊氏。彼を倒すべく時行は諏訪の地で、自身の突出した“逃げ”の才覚を大いに生かしながら、仲間を増やし、鎌倉奪還のための力をつけていく──そんなあらすじともなっています。
本作の主人公となるのは“逃げ”の才に突出し、その強みを磨きながら大勢の仲間を見つけていく時行。この逃げ若という作品がアニメ化で大きく支持を伸ばしたのは、ストーリーやキャラクターの魅力と同じくらいに、作品の持つメッセージ性が現代の時代潮流と一致するから、という部分も語らずにはおれません。
誇りと共に死ぬことを誉れとした鎌倉時代。自刃せず逃げた時行の行動は当時の人に言わせれば、何よりもカッコ悪く、最も恥ずべきあり得ない行為でもあったことでしょう。
ですがそれでも彼は誇りを捨て生き延びたからこそ、大勢の仲間や味方と出会うことができました。何より足利尊氏への敵討ちを果たし鎌倉を取り戻す、という目標や、生きる理由をも得る事ができたのです。
平成を経て令和の時代。10~20代の青春時代から徐々に大人になった今、昔よりずっと“逃げ”は悪ではなくなった、と感じる人は多いのではないでしょうか。
責任感の強さから仕事を苦に自殺したり、人間関係のストレスで精神を病んでしまった。
そんなニュースや話題が取り沙汰される機会は昔に比べずっと増え、「死ぬ前に、潰れる前に逃げても良い」と、声を大にして言えるようにもなりました。
もちろん、一度逃げた人間には逃げた人間なりの苦しみや辛さもあります。弱い部分や汚い所、恥ずかしい一面を大勢に見せる事にもなります。
それでも、生きて逃げたからこそ今がある。辛く大変な時期を乗り越え、笑って過ごせる時が来る。「あの時逃げてよかった」と、弱く恥ずかしい傷ついた自分を、いつか必ず肯定できる。
それが少しずつ、当たり前ともなり始めた今。多くの人にそれが“普通の価値観”として広まり始めた今だからこそ、逃げ若で描かれる時行の立ち振る舞いを、ここまで大勢のファンが支持しているのでしょう。
本作で注目したい点は他にも。原作マンガの作者はマンガ家・松井優征先生です。長年少年ジャンプやジャンプアニメに親しむ人であれば、「なんか聞いたことある名前だな…」と思う人もいることでしょう。
それもそのはず。松井優征先生と言えば、これまで数々のアニメ・実写になった人気作を手掛けたマンガ家。代表作の『魔人探偵脳噛ネウロ』『暗殺教室』は、マンガ好きやアニメ好きな“オタク”であれば、おそらく何らかの形で作品に触れた人もきっと多いのでは?
『ワンピース』や『NARUTO』、『鬼滅の刃』など、ジャンプ漫画の金字塔となる作品のすごさは改めて言わずもがな。しかし松井先生のように複数の連載作品である程度ヒットを重ね、「何を描いても面白い」というマンガ家さんもまた、ある種非常に稀少な才能の持ち主と言えます。(このタイプの先生と言えば…思いつくのはいまや漫画界のレジェンド、冨樫義博先生などでしょうか)
マンガ自体を見るとかなりエキセントリックな表現や描写も多い松井先生。ですがその奇抜さ以上に、先生ご本人は王道・ベタな描写を非常に大事にしているそうです。奇抜で突飛なものがあればこそ、その横にあるベタで王道なものが輝く。それが先生のマンガ作りや、ストーリーを構成するポイントでもあるのだとか。
またマンガ好きの間では、『魔人探偵脳噛ネウロ』連載時の秘話がよく先生の仰天エピソードとして語られていますね。大勢がすでに知る通りジャンプを始めとしたマンガ誌では、読者からの人気があまり芳しくない場合、途中で作品の連載を強制終了する“打ち切り“のケースが多々あります。
ネウロが初の連載作だった先生にとっても、当然打ち切りの選択肢は身近なもの。ですがいつどこで作品が打ち切りになるかは、そう簡単に予想できるものではありません。
もちろん打ち切りとならず物語を最後まで完走させるのが理想。ですが先生は過去のインタビューの中でなんと、〇巻までならこの話、〇巻までならこのエピソードまで、と何パターンもの「最終回」を想定して話を作っていたんだとか。
続ける事以上に、綺麗に終わらせる事が難しい。だからこそ、そこに注力したい。マンガのストーリーに対し徹底した強いこだわりを持つ。そんな先生が綿密に作る話が面白くないわけがない!
作品を超えてなお、大勢のマンガ好きが持つ松井先生への確固たる支持と信頼は、そんなマンガ家としての物語に対する責任に裏付けされているのでしょう。
重ねて、先生初の歴史モノともなる逃げ若。作品のスポットが当たるのは、長年の日本の歴史の中でも武士が力を持ち、武力による血生臭い闘争が繰り広げられた時代でもあります。
だからこそ、時には残酷で酷いシーンが登場する事も。それは見た目的な話のみならず、物語のヒーロー・味方には似つかわしくない思考や行動の話にも及びます。
ですが松井先生は、“歴史モノを描く以上、そこを敢えて避けて通ることはしたくない”とマンガ単行本の中で語っていたそう。そういった歴史や史実への真摯な向き合い方も、物語・ストーリーへの責任感を強く持つ松井先生らしい一面ですね。
通常のマンガやフィクション作品とは違い、歴史をモチーフとした作品の多くは、当然いわばすでにこの先の展開が決まっています。ネタバレという概念がほぼないと言っても過言ではありません。
一族の敵討ち、そして鎌倉奪還のため、“逃げ”を武器として足利尊氏と対峙する北条時行。しかし歴史好きであれば周知の通り、お世辞にもハッピーエンドとは言い辛い結末を抱える時行。
そんな史実を踏まえて、彼の“逃げ”に特化した生き様を、松井先生は今後いったいどう描いていくのでしょうか。それもまたアニメのみならず、原作マンガまでついつい物語を追いたくなる理由のひとつでもありますね。
さらに本作、特にアニメの肝となる制作会社・CloverWorksが手掛ける超美麗アニメーション。最近では『SPY×FAMILY』や『ぼっち・ざ・ろっく!』など、名だたるヒット作を多数手がける盤石のアニメ制作スタジオでもあります。
上記ラインナップからも、その作画技術の高さをうかがうことのできる制作会社ですが、この『逃げ若』に関しては、ずばり“作画ギャップ”が最も注目すべきポイントでしょう。先ほど原作者・松井優征先生の魅力のひとつであるストーリー力にも触れましたが、先生といえば、ややメタなギャグネタやエキセントリックな絵柄もその専売特許。
鎌倉時代を舞台とする『逃げ若』も、ギャグネタの中には現代のコンテンツを彷彿とさせるメタな内容が満載。重ねて“後光モード”な道重のゲス顔や、敵対武将の悪どい表情などにも、そのエキセントリックなタッチが特に光っていますね。
そんな原作マンガのテイストも一切手加減せず、すべてそのままアニメの絵柄に落とし込んでいるのはさすがの手腕といった所。
松井先生の奇抜さと王道のギャップが魅力となるように、元々美麗な作画を得意とするCloverWorksだからこそ、ギャグパートや感情の荒ぶる殺伐シーンの荒い作画タッチとのギャップが大きく光る。そんな魅力を持つアニメともなっているように感じます。
鎌倉時代の史実を元にした、”逃げる”を得意とする少年の成長譚と復讐譚。確かなストーリーや魅力的なキャラクター、そしてギャップの効いたアニメ映像など。放送開始早々から、今期アニメの注目株筆頭ともなった『逃げ上手の若君』。
アニメのみならず、この先の展開も気になる!とついつい原作マンガにまで手が伸び始めている人も早速多い様子。主人公・時行とその仲間たちが仕掛ける“逃げ”によるリベンジマッチは、まだまだ始まったばかりです。
(執筆:曽我美なつめ)
曽我美なつめ
音楽、二次元コンテンツ(アニメ/マンガ)を中心にカルチャーを愛するフリーライター。コロナ禍を経て10年ぶりにオタク・同人沼に出戻りました。全部宇髄天元のせいです。
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ている場合がございます
特集記事
ランキング
電ファミ新着記事
ランキング
2022.12.17
特集記事