住岡
アニメ、漫画、2.5次元・アイドル・声優などのジャンルを一通り嗜むライター。自宅が商業BLの山に埋もれている。お笑いも好き。
一穂ミチ先生の小説『ツミデミック』(光文社)が第171回直木賞を受賞。この快挙に長年のファンたちが歓喜する声がSNS上であふれました。「コロナ禍」をテーマにした『ツミデミック』のほかにも、一穂先生は『スモールワールズ』(講談社)が静岡書店大賞や吉川英治文学新人賞を受賞しており、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いです。
一穂先生、実は商業デビュー以来、数多くのBL小説を執筆しており、BLファンの間で根強い人気を誇る作家です。ここでは一穂先生のルーツであるBL小説に焦点をあて、一穂先生の魅力やBLファンから厚い支持を得る理由について、長年のファンである筆者が存分に語ります。
INDEX
一穂先生は大阪府出身。学生時代から二次創作小説を執筆しており、会社員として働き出してからは、趣味として同人誌を制作。その同人小説が編集者の目に留まり、オリジナルBL小説『雪よ林檎の香のごとく』(新書館)でデビューします。
『雪よ林檎の香のごとく』あらすじ
中学受験も高校受験も失敗し、父の母校に進学する約束を果たせなかった志緒。今は、来年編入試験を受けるため、じりじりする気持ちを抱えながら勉強漬けの毎日を過ごしている。五月雨の降るある日、志緒は早朝の図書室で、いつも飄々としている担任・桂の涙を見てしまった。あまりにも透明な涙は、志緒の心にさざなみを立て——。静かに降り積もるスノーホワイト・ロマンス。(新書館HPより)
「教師×生徒」というカップリングだけで見れば、BL界にありがちな設定。しかし、一穂作品は「BLらしからぬ」要素が満載なのです。
例えば、教師である桂は学生時代に自分の恩師である女性教師と恋に落ち、彼女と子どもまで成しますが、その恋は敗れて今でも傷を抱え続けています。BL小説で女性にひどく心を寄せる描写は、実はあまり見ないもの。それをデビュー作からぶち込むストーリー性こそ、「一穂ワールド」の真髄です。
過去に心を囚われ続ける桂と、素直ではないが若さゆえに真っ直ぐな志緒の距離が縮まっていく様子を、圧倒的に緻密な心理描写と情景描写で書き上げています。一見すると重くなりすぎそうな要素を盛り込みながらも、読了後は爽やかな気持ちにさせられるのも、一穂作品の不思議な魅力です。
また、タイトルの『雪よ林檎の香のごとく』は北原白秋の歌からの引用ですが、実は作中にも細やかに文学的なネタが散りばめられており、これに気付けると登場人物たちのセリフには現れていない「裏の気持ち」まで理解することができます。このようなギミック的な要素もデビュー作から満点です。
また、一穂先生はお仕事BLの名手でもあります。上記ともつながりますが、一穂先生はBL小説では珍しい職業を取り上げがちで、作中には新聞記者や国会速記者、カード会社のコンシェルジュ、カジノディーラー、テレビ局のプロデューサーなど、多様な職業の男たちが登場します。一穂先生のすごいところは、その職業に対する解像度がとても高いところ。
新聞記者シリーズ(『is in you』『off you go』『ステノグラフィカ』『アンフォーゲタブル』『ペーパー・バック 』/すべて幻冬舎)では、さまざまなタイプの新聞記者が登場しますが、綿密なリサーチに基づいて書かれていることがよく伺えます。『アンフォーゲタブル』は新聞記者×製薬会社勤務の会社員のカップリングですが、記者としての仕事の様子が鮮明に描かれています。
筆者は記者として勤務した経験があるのですが、時に人の尊厳や良心と板挟みになる苛烈な取材現場の様子や、自分だけの「特ダネ」に焦がれるほど憧れをもつ気持ちなど、とにかく「記者」という職業に対して解像度が高い。
作品内の仕事っぷりの描写も非常に細かく、「記者」といえば事件を取材して記事を書く、という印象が強いでしょうが、一穂先生はレイアウトや見出しを作成する「整理記者」の役割まで描きます。
読者がイメージしない部分まで描くことで作品にも説得力が増しますし、「お仕事小説」としての面白さも増します。なにより、恋と仕事に真摯に真正面から取り組む姿に、勇気づけられます。
一穂先生のBL作品で代表作と言っても過言ではないのが、裏表が激しすぎるアナウンサーが主役の『イエスかノーか半分か』(新書館)。映画化や漫画化まで果たした人気作です。
『イエスかノーか半分か』あらすじ
人気若手アナウンサーの国江田計は極端な二重人格。 王子と称される完璧な外面と、「愚民め」が(心の)口癖の強烈すぎる裏の顔を持っている。もちろん誰にも秘密だ。そんなある日、取材で知り合ったアニメーション作家の都築潮と、オフモードの時に遭遇してしまう。 幸い都築は、くたびれたジャージにマスクの男があの国江田計とは気づかない。 けれど怪我をした都築の仕事を、計はしばらく手伝う羽目になり……?(新書館HPより)
こちらはデビュー作『雪よ林檎の香のごとく』や新聞記者シリーズとは雰囲気が違い、ギャグテイストが多めの軽い読み口。というのも、主人公の国江田計は裏表が異常に激しく、目につく物事や人に心の中でとにかく毒づくのだが、その文句がキャッチーで面白い。
大阪府出身の一穂先生はお笑いが好きらしく、そのニュアンスが多く含まれており、一穂作品のなかでも特にサクサク読むことができます。
住岡
アニメ、漫画、2.5次元・アイドル・声優などのジャンルを一通り嗜むライター。自宅が商業BLの山に埋もれている。お笑いも好き。
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