90年代は俺様系男子、令和は「溺愛系男子」の時代?社会背景とリンクする少女漫画のイケメン像【花男、君に届けetc.】

これが90年代のヒロインだと「それなら、私は何者かになってやる!」となるのですが、令和のヒロインはそこを男性キャラクターに補ってほしいと望む傾向があるんです。

そうしたヒロイン像の変化に合わせ、求められる男性キャラクター像も「たとえ何者でなくても、そのままの君が好きだよ」と言ってくれる人にシフトしています。
ありのままでいいし、ここにいてもいい。そんな安心感をくれる男性像が増えてきていますね。

ドラマチックな展開よりも、変わることのない愛を求めたい

――なぜ今、「溺愛系男子」が求められているとお考えですか。

すず木:
一番はやっぱり否定されたくない、ずっと自分だけを好きでいてほしいという読者の願いだと思います。
さらに令和のティーンエイジャーは反骨精神は薄いけれども、乗り越えるべきは自分だと思う傾向が強く、他人と比べて落ち込んでしまうこともある。そういう脆さやアンバランスさと向き合ったとき、心の支えになるのが「変わることのない愛」なんですよね。そこを突き詰めると「溺愛系」になるのだと思います。

『顔だけじゃ好きになりません』1巻(白泉社)

『顔だけじゃ好きになりません』1巻(白泉社)

――これがティーンエイジャーではなく20代以上の読者ですと、また事情が違ったりするのでしょうか。

すず木:
同じ「溺愛系」には違いないのですが、男性キャラクターが完璧すぎず、弱い部分がしっかり描かれる傾向にありますね。その弱さを受け入れたうえで「お互い頑張ろう!」といった部分がクローズアップされてきます。

――壮大でドラマチックな展開よりも、ゆっくり愛を育んでいく、と。

すず木:
溺愛系男子との想いを育む過程では、焦れったさを楽しむ「焦れきゅん」があったりするのですが、そもそも溺愛系はヒロインを不安にさせることのない男性像です。だから気分の浮き沈みが激しいドラマチックな展開よりも、自然と小さな波風が起こる物語になっていくのだと思います。

付き合うことがゴールではなく、付き合ってからが長い

――「溺愛系男子」が登場する作品で、すず木さんのオススメを教えていただけますか。

すず木:
まず、さきほども挙げました『ゆびさきと恋々』は今の時代を象徴する作品ですので、全人類に読んでいただきたいですね。間違いのない作品です!

次に、ティーンエイジャー向けより年齢層が上になりますが、私が一番好きなのは『やぶさかではございません』(Marita/ KADOKAWA)。溺愛系男子の上下(カミシモ)くんはとにかくイケメンなんですが、これまで付き合った彼女からは「愛が重い」とフラれ続けている。
そんな彼がヒロインに一目ぼれをするのですが、彼女は過去の恋愛経験から男性が苦手なんですね。そのことを知っている上下は何とか自制しようとしますが、たまにリミットが外れてしまって(笑)。
そうして絆を深めていく「焦れきゅん」ぶりと上下くんの溺愛ぶりが愛おしい、イチオシの
作品です。

『やぶさかではございません』( KADOKAWA)

『やぶさかではございません』( KADOKAWA)

――溺愛系に限らず、期待しているタイトルはありますか? 

すず木:
私が注目しているのは『恋せよまやかし天使ども』(卯月 ココ/講談社)です。
ヒロインは誰もがうらやむ完璧女子として振る舞っているけれど、裏の顔はかなり男前な性格。一方のヒーローも優しい完璧男子だけど、裏の顔はだいぶブラック。そんなふたりが互いの素顔を知ってしまったことから、物語が動き出します。
少女漫画のセオリーを踏襲しつつ、早い段階で「好き」を自覚するあたり、とても現代的な作品だと思います。

90年代の少女漫画はともすれば「想いが通じ合うところがゴール」でしたが、令和の少女漫画はお付き合いが始まるまでの時間が短く、むしろ付き合い始めてからが長い。
恋愛のドキドキ感より、ふたりの仲をいかに親密なものにしていくか。関係の維持、発展に軸足が置かれているんです。

――では年代を問わず、すず木さん個人のイチオシ少女漫画を教えていただけますか。

すず木:
沢山あって迷うのですが、ラブストーリーものですと10年代に連載された『どうせもう逃げられない』(一井かずみ/小学館)。
ヒーローの向坂は賞を総なめにしたトップデザイナーなのですが、ある理由から第一線を退いています。私は向坂のような「心に傷がある男性」が癖でして(笑)、個人的に大好きな作品です。

『どうせもう逃げられない』1巻(小学館)

『どうせもう逃げられない』1巻(小学館)

ティーンエイジャー向けでは00年代の『はしたなくてごめん』(石田拓実/集英社)を推します!
自分に自信のない「不器用系男子」は、現在ではあまり見られない男性キャラクター像だと思います。ヒロインに合わせて成長していく姿は思わず応援したくなるし、ヒロインのために変わろうとする健気さにもきゅんとすること間違いなしです。

――最後に、少女漫画ファンのみなさまへメッセージをお願いいたします。

すず木:
少女漫画のキャラクター性、テーマ性は時代を映す鏡であり、世相と連動する傾向にあります。
ですので新作はもちろん、昔の名作も手に取っていただいて、時代の変化を意識しながら読むのもひとつの楽しみ方ではないかなと思います。現代の優しい男性像に物足りなさを感じている方は、90年代の作品を読むと、もしかしたらツボにはまる出会いがあるかも知れませんよ。

(執筆:合田夏子、編集:三鷹むつみ)

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合田 夏子

アニメ・漫画誌を中心に活動。ミステリ・ホラー好き。別名義にて漫画原作、小説執筆や講演も行う。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。変格ミステリ作家クラブ会員。

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