コロナ禍でも響く『鬼滅の刃』嘴平伊之助の名言。無限列車編で変化した“死”への概念

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コロナ禍でも響く『鬼滅の刃』嘴平伊之助の名言。無限列車編で変化した“死”への概念
社会現象を巻き起こしていた大ヒット作品『鬼滅の刃』。数々の名言が残されている本作、今回は嘴平伊之助のある名言に注目します。コロナ禍でも響く言葉とは?
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多くの社会現象を巻き起こしている『鬼滅の刃』。数々の名言や金言が多数盛り込まれている本作ですが、中でも大勢の読者に人気のエピソードとなっているのはやはり衝撃的な展開を描いた無限列車編でしょう。

劇場版となり、一作の映画としても大きな業績を残したこのエピソード。今回ご紹介する名言は、この無限列車編の終盤で主要キャラの1人である嘴平伊之助が発したセリフです。

※なお、本記事は性質上『鬼滅の刃』無限列車編の内容を含みます。

劇場版『鬼滅の刃』無限列車編 ポスタービジュアル画像

©吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

劇場版『鬼滅の刃』無限列車編 ポスタービジュアル

「どんなに辛くても苦しくても、人は生きていくしかないから」

“死んだ生き物は土に還るだけなんだよ べそべそしたって戻ってきやしねぇんだよ
悔しくても泣くんじゃねえ
どんなに惨めでも恥ずかしくても 生きてかなきゃならねえんだぞ“

(『鬼滅の刃』8巻より引用)

鬼殺隊最強の隊士の1人、柱である煉獄杏寿郎を目の前で喪った炭治郎たち三人。
心強い仲間を喪った悲しみと、なにより自分達が強い敵を相手に一切太刀打ちができなかった無力感。
それに打ちひしがれる主人公・炭治郎に対し、伊之助が放ったのが上記の台詞です。

『鬼滅の刃』という作品は全体を通して、多くの犠牲を払ってなお、それでも進み続けなければならない辛さを描くシーンが多数登場します。
中でもこの無限列車編は、それを主人公の炭治郎や私達読者が一番最初に体験させられたエピソードでもあることでしょう。
どれだけ苦しくても、辛くても、時には歩みを止めて自分も死んでしまいたいと思っても。それでも死ぬことはできないし、生き続けなければならない。

そんな思いをした経験があるのは、必ずしも作品の中の登場人物だけに限らないのではないでしょうか。
劇場版「鬼滅の刃」無限列車編 本予告 2020年10月16日(金)公開

まだまだ世界中を覆うコロナ禍の中で、実はひっそりと日本の自殺率は増加傾向にあると聞きます。
鬱屈した閉鎖的な社会情勢や、自身を取り巻く様々な外的環境。その中で気持ちが追い詰められ、自死を選ぶ人が増えているそう。

当然自死を選ぶ人が増えているということは、自死を「選ぼうとしている人」が増えているということでもありますね。
つまり自死を選ぼうとしたものの結果的に選ばなかった人たちも、潜在的には非常に増えているということです。その理由にも、様々なものがあるでしょう。
死にたいほど悩んでいたことが幸運にも解決したのであれば、それは喜ぶべきことです。
ですが圧倒的に多いのはどんなに辛くても苦しくても、大事な人やものがあるから死ねないと思いとどまった人。あるいは結局死ぬ勇気が持てなくて、その選択肢を選べなかった人。

そのような、生きる選択肢しか残されていなかった人がきっと大多数なのではないでしょうか。

⇒次ページ:伊之助が発したからこそ重みがある
そのような人々にとって、生きることはそれでも辛く苦しいことの連続です。ですが死ねない以上、足掻きながら、藻掻きながらも、私たちは残された人生を生きていくしかありません。
しかしこの『鬼滅の刃』には、それこそが人間の強さであり美しさである、というメッセージが徹頭徹尾描かれています。

この伊之助のセリフは、現実に生きる私たちにも共通するそのメッセージに改めて気付かされるものとして。きっと原作や劇場でも、多くのファンの涙を誘うのでしょう。

伊之助が発したからこそ重みがある

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