【考察】2期最終回『地獄のおそ松さん』――『おそ松さん』には救いがある。そして3期もある!?

【考察】2期最終回『地獄のおそ松さん』――『おそ松さん』には救いがある。そして3期もある!?

最終回目前、6つ子が自立してバラバラになるというシリアスな展開を見せた『おそ松さん』2期24話『桜』。それに続く最終回『地獄のおそ松さん』は、前回のしんみりとした雰囲気を吹き飛ばす、ハチャメチャでアツい(!?)物語になりました。今回は、最終回『地獄のおそ松さん』のストーリーを読み解きながら、『おそ松さん』2期のまとめをしていきます!

『おそ松さん』とは、赤塚不二夫のギャグマンガ『おそ松くん』を原作に、おそ松(CV:櫻井孝宏さん)、カラ松(CV:中村悠一さん)、チョロ松(CV:神谷浩史さん)、一松(CV:福山潤さん)、十四松(CV:小野大輔さん)、トド松(CV:入野自由さん)の6つ子が、クズでニートな大人に成長した姿を描くTVアニメ作品です。

2015年に放送されると、2016年度の流行語大賞にノミネートされるほどの大ヒットを記録。
2017年10月から待望の第2期がスタートしています。

numanの人気シリーズ、深堀考察記事の第7回をお届けします。

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※本記事には、TVアニメ『おそ松さん』2期最終回『地獄のおそ松さん』のネタバレが含まれます。

最終回『地獄のおそ松さん』のストーリーをおさらい

24話『桜』にて、自立していく兄弟たちの様子を見ながらモヤモヤとした気持ちを抱えていた長男・おそ松トト子にその思いを打ち明けた翌日、おそ松が兄弟を居間に集合させ、「お前らにちょっと言っときたいことがあるんだよ」と話そうとしたところから、最終回はスタートしました。
一方そのころ、宝探しに出かけようとしていたイヤミの飛行機が故障。ちょうどおそ松が口を開きかけた途端、6つ子の集まっている松野家の居間に墜落してしまいます。

気がつくと、白装束で三途の川の目の前に立っていた6つ子。死ぬ直前に自分たちが何をしていたのかをすっかり忘れ、三途の川を渡り、天国行きと地獄行きを決める裁判を受けます。なんとか天国へ行けるよう抵抗するもむなしく、地獄に落とされてしまう6人。大きな針や熱々の鉄板の上に立たされたり、恐ろしい妖怪に追いかけられたり、乳首をちぎられたり、中高生のときの卒業文集をみんなの前で朗読されたりといった責め苦が次々と彼らに襲いかかります。

あまりの苦しみの連続に、ついに精魂尽き果ててしまう6人。しかし、おそ松の「(俺たち)まだ全員童貞じゃなかったっけ!?」という言葉をきっかけに、早く生き返らなければと奮起します。
原作者である赤塚不二夫先生、チビ太やトト子などのレギュラーキャラクター、F6や実松、チャントシターなどの『おそ松さん』オリジナルキャラクターたちの助けを借りながら、6人はなんとか地獄から抜け出そうと格闘しますが……。

赤塚作品として“ちゃんとしてる”最終回!

このように、最終回にて衝撃的な“死”を迎えてしまった6つ子。童貞のまま死ぬわけにはいかないと、彼らが地獄であわてふためく一方、元の世界では、葬儀場にいるチビ太、トト子、デカパン、ダヨーン、ハタ坊が、赤塚先生の写真を前に「やっぱり諦め切れない」と涙を流します。
地獄にいる6つ子と、葬儀場にいるレギュラーキャラクターが「どうにかして! 赤塚先生〜!」と叫ぶと、なんと赤塚先生が登場。元の世界に戻るための糸を地獄へと垂らし、6つ子を援護するためにチビ太らを送り込みます。

前回、24話『桜』について考察したこちらの記事では、社会人として“ちゃんとする”ことと、ギャグアニメとして“ちゃんとする”ことの間で揺れる主人公・おそ松の煩悶について分析しながら、製作陣が赤塚先生の作った『おそ松くん』への回帰を強く意識して2期に取り組んできたことを解説しました。
そんな2期の最終回では、ついに赤塚先生ご本人が登場。ここからも、2期は「原作者である赤塚不二夫先生へのリスペクト」によって作られているという製作陣の強いメッセージが読み取れます。
元の世界に戻ろうと駆け出した途端、地獄の鬼たちに襲われる6つ子を見ながら、笑い転げる赤塚先生。四男・一松“ちゃんと”しろ不二夫!」というツッコミからも、赤塚作品として“ちゃんとする”ことは、一般的な“ちゃんとする”とは違うということが伝わってきます。

実はこの最終回には、この赤塚先生の登場シーンの他にも、赤塚先生を意識した要素が詰め込まれています。  

まずは、トト子が葬儀場で読み上げた「3月の26日に、みんなの訃報に接しました。長きにわたるニート生活が、ほんのわずかではありますが、回復に向かっていたのに、本当に残念です」という弔辞。  
これは、赤塚先生の葬儀にて、弟子であるタレント・タモリさんが読み上げた弔辞の、「8月の2日に、あなたの訃報に接しました。6年間の長きにわたる闘病生活の中で、ほんのわずかではありますが、回復に向かっていたのに、本当に残念です」という部分をなぞって作られています。  

次に、原作『おそ松くん』から登場するチビ太をはじめとするレギュラーキャラクターたちの活躍。  
『月刊ニュータイプ』4月号では、藤田陽一監督「ダヨーンとデカパンの2人は、赤塚不二夫作品の象徴的なキャラクターだと思うんです」と語っていました。そんな二人が物語のクライマックスで6つ子に向かって「振り返らず走るんダス/だよ〜ん!」と叫んだ途端、1期1クール目のOPテーマであるA応Pの『はなまるぴっぴはよいこだけ』が流れ出すことにも、『おそ松くん』『おそ松さん』の強いつながりを感じます。  

最後に、これは深読みですが、地獄で白い死に装束を身につけながら奮闘する6つ子に、「どれが何松だかわからない」と感じた人も多いのではないでしょうか。『おそ松さん』でそれぞれに割り当てられた色を失い、見分けがつかなくなった6つ子たちは、モノクロ時代の『おそ松くん』たちをちょっぴり思い出させてくれるようです。

“ダメ人間讃歌”としての『おそ松さん』

このように、「童貞のまま死ぬわけにはいかない」というややツッコミどころのある理由で、見事生還を果たした6つ子。前回の24話『桜』で社会的にまともな人間へと成長したかに見えましたが、結局はいつもの愛すべきクズなニートたちのまま幕を閉じることになりました。

6つ子たちに与えられた、この「ダメなままでもいいじゃないか」という“救い”は、『おそ松さん』という作品全体を通して描かれてきたものでもあります。これについて、『月刊ニュータイプ』4月号の藤田監督のインタビューでは、こんなコメントがありました。

「自分のなかのテーマとして、「おそ松さん」ではダメ人間讃歌をやっておきたいと思っていたんですね。人間、何かひとつ取りえがあれば肯定できるではなく、なくてもいいじゃん。なくても何とかやっていけるし、やっていこうよと」

また、先ほど述べたタモリさんの赤塚先生への弔辞にも、こんな一節があります。

「あなたの考えは、すべての出来事、存在をあるがままに、前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は重苦しい陰の世界から解放され、軽やかになり、また時間は前後関係を断ち放たれて、そのときその場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。すなわち『これでいいのだ』と」

どんなに欠点がある人間でも、あるがままを受け止め、肯定してくれる『おそ松さん』という作品。藤田監督の目指した“ダメ人間讃歌”とは、地獄に落ちた6つ子たちに糸を垂らしていた赤塚先生がもたらす“救い”だったとも言えるのでしょう。

アニメにとって終了=死。生き返ったということは3期がある!?




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