前島亜美・中村文則

声優・前島亜美が推し小説家・中村文則に会ってみた1万字超の特別対談「『何もかも憂鬱な夜に』をはじめ、中村作品は私の命をこの世界に繋ぎ止めてくれた」

――今回の対談にあたり、中村先生には前島さんのデビューアルバム『Determination』リード曲「Determination」を事前に聴いていただいています。

前島:
ええ、ありがとうございます……!

中村:
今回の対談の依頼があった際、前島さんがソロアーティストデビューしてアルバムを発売されると聞き、本当に「すごいめでたい」と思いまして。できることなら楽曲を聴いてからお話したいなとお願いしたところ、リード曲の「Determination」のデータをいただきました。すごく爽やかで良い曲ですね。曲の最後のフレーズ<Determination>に行き着くにあたって、畳みかけるように音の雰囲気が変わるじゃないですか。僕は音楽の素人だけど、ドラムのリズムも合っていてカッコいいです。

前島:
嬉しいです!

前島亜美・中村文則

中村:
あと、歌詞の<ここで終われない>というフレーズがすごく良いですね。

(ここで号泣する前島さん)

中村:
なんで!?(笑)

<ここで終われない>というフレーズは「ここで」と「終われない」って言葉で紡がれているじゃないですか。「ここで」の「こ」は「お」段、「終われない」の「お」も「お」段、そして「ここで」の「で」で「え」段がきて、「終われない」の3文字目である「れ」にも「え」段がきています。言葉の3文字が「お」段から始まり、「え」段で終わる。なので、<ここで終われ>までのリズムがとても良く、さらに最後に否定語の「ない」という強い言葉が入る。だから、短くて自然な言葉なのに“インパクト”があるんですよ。頭の中にすごく残るフレーズです。言葉の使い方がとても良いなと思いました。

前島:
(泣きながら)ありがとうございます……。

――作詞をする時はこれまで読んできた中村先生の作品から学んだ言葉が投影されているのでしょうか。

前島:
私は、ものすごく中村さんの作品に影響を受けています。

中村さんが本を書かれる中で、「全てが真剣な言葉である」と一歩も譲らない姿勢で言葉を書いているところが好きです。

――一歩も譲らない姿勢というのは?

前島:
例えば、送り仮名一つに対しても妥協していないところ。<ここから出><ここを見>と、本来であれば<て>と送り仮名で書くところをカットしているとか。そうすることでスピードを緩めることなく読めるんです。

今回作詞をする際も、中村さんの作品をたくさん読んで、自分の中にも中村さんがお話されていた「そこにある全ての言葉でその言葉の意味以上のことを書くのが文学、より深いものが純文学」という思いを取り込みたくて。私も作詞内の言葉すべてでその言葉たち以上の意味を伝えたい。中村さんが考える文学のようにすべての言葉に意味を持ちたいと考えました。

なので、中村さんに曲を聴いていただいて、自分の言葉を読んでいただけたことが本当に光栄です。お忙しい中、ありがとうございます。

前島亜美・中村文則

中村:
いえいえ、とんでもないです。作詞されたのは10曲中1曲ですか?

前島:
2曲あります。もう1曲は今(※インタビュー実施時点)、まさに書いているところです。

中村:
良いですね。今回のデビューはファンの人たちもすごく嬉しいと思いますよ。自ら作詞された歌詞の中には「これまでの前島さん」と「これからの前島さん」が書かれていますよね。前島さんの歴史的な部分をファンの皆さんに見せる意志を感じました。ずっと応援してきたファンの人たちにとって、きっとすごく嬉しい歌詞なのではと思います。

ただ、作詞をする時は、お悩みになったんじゃないですか?「いったい自分の何を書くべきなのだろうか」と。

前島:
作詞自体が初めての経験で、「どこから手をつければいいのか」という状態でした。作詞をする時、メロディが最初に決まっていて、「このメロディに合わせて思いの丈を作詞してください!」と言われたんですね。たしか、制作期間は2週間くらいだったと思います。

中村:
2週間は短いですね……!

前島亜美・中村文則

中村:
ちなみに作詞は、ファンの方たちに向けてなのか、自分のリスタートに向けてなのか、誰に向けてどんな言葉を綴ろうと決めていったのか気になりました。

前島:
そうですね……。まず私が作詞をする上で取り組んだのは、数年分の日記を読み返すことでした。どのタイミングで、自分がどういうことを思って言葉を書いていたのか、何に向けて書いた言葉だったのかをすべて思い返そうと。そこから、「これはいいな」と思った言葉、「曲に合いそうだな」と思った言葉をノートに書き出して、そこから歌詞のゴールに向かって言葉を組み立てていきました。

中村:
だから、「これまでの前島さん」を感じられる詞になっていたんですね。作詞を書く上で、特に難しかったことはありますか?

前島:
難しかったのは、音数の制限に合わせて言葉を当てはめていくことです。Aメロ、Bメロなどのメロディのブロックと、そのブロックの中にある音も数や音程が決まっているので……。自分が入れたいと思った言葉でも、音数や音程と文字数が合わないと、言葉が上手く聴こえなかったり、軽く聴こえたりするんですよね。

中村:
なるほど。たしかにそれは難しい。

前島:
私も素人ながら文章を書くことが好きなので、「この言葉がいいんだ」と譲りたくない表現があっても、それが音にハマらないこともあって。その難しさに頭を抱えました。

ただ、曲をリピート再生で聴いていると、音に合った「これを待っていた!」と思うような言葉がふと頭の中に出てくる瞬間がありました。その体験をした時、以前中村さんがインタビューでおっしゃっていた、「計算して、意識でコントロールできる領域だけの小説は、その作家の能力を越えていない。そこからプラス、どれだけ無意識をつかえるか」という“意識と無意識で書く小説脳”に近いのかもしれないと思いました。私にそのような高尚なことができているとは思っていませんが……。

中村:
いやでも、結局はそういうことだと思いますよ。前島さんのように作詞だけする場合は、メロディが最初にあるわけですが、それって“制約”なんですよね。そして、制約があるからこそ浮かぶ言葉ってあるんですよ。制約があるおかげで、自分の中にないと思っていた言葉が出ることもある

それは、自分の奥深くにあった言葉を音楽が上手いこと呼んでくれたのかもしれない。作詞の面白い部分かもしれないですね。

前島:
たしかにそうかもしれません。締め切り前、寝ずに作詞をしていたんですね。うたた寝でほとんど脳が動いていないはずなのに、「この言葉!」と降ってきたことがありました。それも自分が無意識に持っていた言葉なのかなと……。

あと、これは“中村さんのファン”としての行為だったのですが……「書いた文章をプリントアウト」しました。

中村:
おお、プリントアウトしたんですね(笑)。

前島:
作詞をする時はデジタルのほうがまとめやすかったのでデジタルで書いたのですが、「画面を読んでいると、どうしても客観的になれないな」と思ったんです。その時、中村さんが「プリントアウトをして時間を置いて読む」というお話をされていたことを思い出して、実践してみました。中村さんが言葉を選ぶ時の検討方法を試してみたかったファン心理でもあったような気がします(笑)。

でも、「プリントアウトをして時間を置いて読む」をしたことで、「これは違う気がするな」と違和感が見えてきて、変更する部分もありました。

中村:
それはよかったです(笑)。

前島:
こうして作詞の話をしていても、中村さんのエピソードが出てくるくらい、中村さんの作品にかなり影響を受けています。

中村:
いやいや(笑)。

今、前島さんがおっしゃっていた「自分が書いたものは客観的に見づらいので、1回プリントアウトして寝かしてみると、 色々見えてきます」という話はエッセイで書いたことがあったんですよ。まさかそれが、この作詞で実践されているとは(笑)。

前島:
私としては、その歌詞を中村さんに読んでいただけることになるとは……。

中村:
自分のことって視野が狭くなるじゃないですか。自分のこれまでのことを書くとなると、さらに視界が狭まる。それも味ですが、「Determination」の歌詞には<夢(きみ)>という言葉が入っているじゃないですか。「夢」の読みが「きみ」になっていることで、「きみって誰なんだろう」と。この言葉が入るだけで、客観性が出るのかなと思いました。

前島:
はっ……!!(感動する前島さん)

中村:
<夢(きみ)>って書いてあったんですもの!(笑)

前島:
そこまで細かく読んでくださって、ありがとうございます……!(号泣)

中村:
いや、読むよ!(笑) <夢(きみ)>はいろんな解釈も可能ですよね。そのまま「夢」と解釈してもいいし、「きみ」という自分とは違う存在と解釈してもいい。そういった言葉が入ると、文章の風通しが良くなるんですよ。だから、ベテランの作詞家の方も、本来とは異なる読みにすることがあるんでしょうね。前島さんも作詞家としてさまざまに考えて詞を書いていらっしゃるなと思いました。

前島:
おそれ多いです……。だけど今、中村さんがおっしゃっていた「風通しが良くなる」というのは、まさに私が意識していたことでした、「歌詞を書くからには一方通行にならないようにしよう」と思えたのもまた、中村さんの影響です。

前島亜美・中村文則

前島:
中村さんの作品は、一方通行の描かれ方を絶対にしないんですよね。いつかどこかでお話されていたと思うのですが、「とある役者さんに、『中村さんの作品は、一対一で人間が対峙するシーンが多い』と言われた」と。それを聞いて、たしかにそうだなと思いました。

例えば、“悪”を描くにしても、決して一方通行ではない。必ず対(つい)になる存在がいて、反対側からの視点がしっかり描かれていると思っています。だから、『何もかも憂鬱な夜に』の文庫版に書かれた又吉(直樹)さんによる「この小説は闇からも光からも「命」という根源的なテーマに繋がっていて、その陰影によって「命」が立体的に浮かび上がってくる」という解説がすごく好きなんです。命の周りや裏にあるものを描いているから、その光を見てこんなにも胸打つのだろうなと。

そんな中村さんに影響を受けている人間として、独りよがりな歌詞には絶対にしたくなかった。あくまでも聴いてくださるお客さんに向けて発信する視点を忘れたくないと素人ながら思っていました。なので、中村さんに「風通しの良さ」を言及していただけて、すごく嬉しいです。

中村:
言葉は人に伝えるものですからね。だから、いろんな経験が糧になると思います。今が未来を変えるのは当然ですが、今これからによって過去が変わることもあるんですよ。起こってしまった出来事は変わらないけど、今することやどう生きるかで出来事の意味合いが変わることもあります。

前島:
「今これからによって過去が変わることも」あるというお話ですが、アーティストデビューをする上で「これまでの過去も肯定して、人生の第2幕をマイクの前で迎えるんだ」と思っています。それは、『何もかも憂鬱な夜に』で、終盤施設長に感謝を伝えた時の「僕」と同じ思いかもしれません。

また、同作に書かれている<命は使うもんなんだ>という言葉も私はすごく好きなんです。だから、再スタートをする時に「自分の命の使い方」を意識の真ん中に置いて、さまざまなことを踏み出していく決意で1st Album『Determination』を固めていきました。私のすべてが中村さんの作品と中村さんの言葉に繋がります。

前島亜美・中村文則

中村:
そういう意味で、「Determination」の歌詞は前島さんにとって中間地点といいますか……。これまでの前島さん、これからの前島さんのちょうど中間にある歌詞だなと思いました。ソロアーティストデビューをする上で、この歌詞を持ってくるというのは完璧だと思います。

あと、この歌詞を読んでいると、たしかにタイトルは「Determination」しかないと思いました。「Determination」の意味である「決意」を漢字で表すと、ソロデビューアルバムとしてはすこし重い印象を受けるかもしれない。英語で「Determination」と綴れば、すごくすっきりして見える。ここが英語の良い魅力なんですよね。こういう時、日本語は自由に英語を取り入れることができるのも利点の一つだと感じます。

前島:
本当にそうだと思います……!

中村:
前島さんからいただいたお手紙を読んでいたから、こんなに良い曲でデビューされることを「本当に良かったな」と思っています。今日、キングレコードさんは素晴らしいレコード会社だと思いましたよ。本当に!(笑)

こうして直接お祝いできる機会をいただいて、今回の対談は僕としてもありがたい機会でした。

前島:
(号泣しながら)ありがとうございます。

中村:
いえいえ、 こちらこそありがとうございます。そんなに感謝をされると、今日会って大丈夫だったのかどんどん心配になる(笑)。

中村「自分の経験則として、ファンの皆さんはソロアーティストデビューを喜んでいる」

――先ほど、中村先生が「読者の声は僕にとっても救い」とお話されていましたが、前島さんも多くの方から推されているかと思います。ファンの皆さんの言葉が励みになることはありますか?

前島:
もちろん励みになります。特にグループ活動をしていた時代には握手会をしていて、ファンの方々と直接会話をする機会があったんですね。そこで聞いた皆さんの言葉が励みになっていました。

中村:
ファンの方も、前島さんの活躍を励みにしていらっしゃると思います。

前島さんのファンの方に限らずですが、ファンの方たちの中にはライト層からヘビー層までいろんなタイプの方がいらっしゃいますよね。具体的に、前島さんのファンはどうやって推し活をしているんですか?

前島:
私のSNSをチェックしていただいたり、ファンクラブに入っていただいたり……あとは、イベントに足を運んでいただいていますね。

中村:
なるほど、SNSでも推し活をしているんですね。皆さんがどうやって推し活をしているのかの情報が分からないんですよ(笑)。YouTubeは観ているのですが……。

そういえば、YouTubeチャンネルも開設されていましたよね。第1回のアーカイブを観ました。

前島:
ええっ!? 貴重なお時間をいただいてしまい、すみません……!

中村:
いやいや、もちろん観ますよ(笑)。重大発表ということで、MVの冒頭が流れていましたが、映像もとても素敵な雰囲気でした。

中村:
そういえば以前、乃木坂46高山一実さんと対談させていただいた時にも、同じような質問をしたことがありました。「僕が仮に、今から乃木坂46さんのファンになるとしたら何をすればいいですか」と(笑)。そしたら、「たとえばアルバムを手にして、歌詞カードの写真を見て、推しを見つけて、その子のSNSをフォローしていただく。そして、イベント(握手会)へ足を運んで、推しに並ぶ」みたいに言われたんですね。今お話していて、その話を思い出しました。

前島:
(笑)。

中村:
僕はコロナ禍で自分の人生にあまり関心がいかなくなった時期があって。その時たまたまYouTubeで「predia(プレディア)」という6人組の女性アイドルグループを観たんです。メンバーの皆さん全員すごくおもしろい人たちなのですが、パフォーマンスはとてもカッコよかったんですよ。年齢を重ねてもアイドルを貫く感じも好きで。そう思った矢先に解散してしまったんです。

前島亜美・中村文則

前島:
中村さんがprediaさん推しというのは、もちろん存じ上げております……!

中村:
でも、解散後にprediaのメインボーカルのお一人である湊あかねさんが、前島さんも出演している『バンドリ』に登場するバンド「Morfonica(モルフォニカ)」の(バイオリン担当・八潮瑠唯役)Ayasaさんと「East Of Eden」というバンドを結成すると知った時はすごく嬉しかった。どこからの目線か分からないけど、「Ayasaさん、湊さんに目を付けるとはさすがというか、わかってらっしゃる」と思ったんですよ(笑)。

前島:
ふふふ(笑)。

中村:
そういう自分の経験則としても、前島さんのファンは今回のソロアーティストデビューを本当に喜んでいると思ったわけです。

前島さんが頑張っているから、「僕(私)も頑張ろう」と思う方がたくさんいらっしゃいます。みんなの希望になっているんですよね。前島さんがこれから楽しくアーティスト活動をできるといいなと思います。

前島:
ありがとうございます。

中村:
僕はアイドルを推した経験がなかったから、はじめprediaさんをどう推せばいいか分からなかったんですよ。グッズが売られているのを見た時も、ちょうどTシャツが欲しかったんですが、メンバー全員の顔が載っているTシャツに「どこで着るの!?」「応援したいけど、買うのに勇気がいるな」と思った記憶がある(笑)。なので、これから前島さんがグッズをつくられる際には、ヘビー層とライト層向けのグッズを売ってもらえると嬉しいです(笑)。

前島:
ライト層向けのグッズも検討します!(笑)

――それでは最後に、推しである中村先生に聞きたいこと・お伝えしておきたいことで締めさせてください。

前島:
「乃木坂46」高山さんと対談した時、中村さんがお見せしていた「創作ノート」を私も見たかったです……。

中村:
今日も持ってくればよかったですね。持ってきて「いらない」と言われたら悲しいから持ってこなかったのですが(笑)。

きっとまたお会いする機会があるでしょうから、その時に持っていきますよ。

前島:
ありがとうございます! 楽しみにしています。

前島亜美・中村文則

(執筆:羽賀こはく、取材・編集:阿部裕華、撮影:はぎひさこ)

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羽賀こはく

横浜市出身。インタビュー記事をメインで執筆。愛猫2匹に邪魔をされながらゲームや漫画を楽しむことが生き甲斐。

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