「役者を辞めるために海外へ」台湾・日本・タイでも活躍する俳優・河合朗弘さんインタビュー

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「役者を辞めるために海外へ」台湾・日本・タイでも活躍する俳優・河合朗弘さんインタビュー
日本・台湾・タイで活躍する俳優・河合朗弘さん。台湾BLドラマ「隔離が終わったら、会いませんか?」で主演を努めた河合さんに、撮影でのエピソードや各国の俳優事情についてお話を伺いました!
新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、一気に舞台やイベント等の予定が消えてしまった……2020年~2021年にかけてはそんな印象を強く受けた方も多いのではないでしょうか。

それは映像業界でも同様。
その厳しい状況の中、リモート撮影という手法を使い制作された台湾BLドラマ『隔離が終わったら、会いませんか?』
その主演は、台湾・日本・タイで俳優として活躍されている河合朗弘さん。

『隔離が終わったら、会いませんか?』の他、多くの映画やドラマ等で活躍し、
2022年7月には、『NIAFFS 2022』(NOIDENTITY-国際アクション映画祭-スペイン)にて、主演映画『CHAOTIC JUSTICE』で主演男優賞を受賞!

日本でのモデルデビューから台湾での活動のきっかけ、主演ドラマ『隔離が終わったら会いませんか?』でのエピソードや各国の俳優事情についてお話を伺いました。

▲河合朗弘さん。取材時にも「昔は苦手だったんですよ」と言いながらバッチリキメていただきました!

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人の目を見て話せない…でも役者なら突破できると思った

──現在は台湾を初めとして日本、それからタイへと活躍の場を広げていますが、そもそも役者を目指されたきっかけは?

河合朗弘(以下、同) 僕、もともとはすごいオタク少年なんですよ。
マンガ喫茶開けるんじゃないかっていうくらいマンガも持ってたし、映画も一日何本も観てたし、アニメ雜誌も毎月買ってたくらい。

絵を書くのが好きだったのですが、なぜか「絵が描きたいなら建築だろ」と先生に言われて高校では建築をやることになって、図面をひきながら「なんか違うな…?」と(笑)。

──無理矢理感がすごいです(笑)。その後大学でモデルデビューされたわけですか?

そうですね。まあ大学も結局建築科だったので、建築の呪縛からは逃げられなかった(笑)。

──絵が書きたいだけだったのに。

そう。だから、これまで経験してないことをやろうと様々なアルバイトに挑戦した中で、縁があってモデルを始めました。

でも僕は元がオタク少年だったのもあって、人の目を見て話せなかったんですよ。
自分に全然自信が持てなかった。当然カメラに目線合わせるのも苦手でした。
だからとにかく人の鼻ばっかり見てましたね。目が合っているように見えるからってアドバイスいただいて。

仕事もたくさんいただけたのですが、やはり自信が持てなくて「どうして自分なんだろう」と思いながら続けていた中でドラマ出演(※)が決まったんです。そのドラマが設計事務所が舞台で「あ、建築士になれたからいいや」って思ってしまって。

※ 2004年 テレビ愛知 スペシャルドラマ「サンタさんの贈り物」
俳優って、いろんな役を演じることで色んな人になれる。それこそ犯罪者にだってなれたりする。そういうところが面白いなと思いました。それに、人の目を見て話せない自分でも演じることでその部分を振り切れるなと感じたんです。

もともとオタク少年だったので、キャラを作るのは好きだったんですよ(笑)。街を歩いてる人を見ながら勝手にストーリー考えたりとか。

だから自分もアニメのキャラになればいいんだ。好きな映画のキャラクターになればいいんだ、それは面白いと思って、そこから役者を目指すようになったんです。

──オタクならではの考え方かもしれませんね(笑)。

そうですね。やっぱり僕の根っこの部分にはオタク少年だった部分がずっとありますね(笑)。

役者を辞める理由を探しに海外へ

──今のように海外、それも台湾で活躍されるようになったきっかけは?

地元から東京に出てきて、ずっと役者の活動を続けていたもののやはりなかなか厳しくて。
キャリアも長くなってきて、もうそろそろ限界かな、どうしようかなと悩んで「よし、海外に行こう」と。

このまま日本に居たらずっと踏ん切りがつかないまま役者を続けてしまう、それなら海外を最後の挑戦にしようと思ったんです。
これでうまくいかなかったらもう役者を辞めようと。だから辞める理由を探しに海外へ行ったんですよ。

実は僕、それまでに2回ほどサラリーマンをやってたこともあって。広告代理店と、後はトレーディングカードゲームの開発やプロモーションの仕事をやってました。

──ここでもオタク少年だった過去が生きるわけですね。

そうなんです。やっぱり昔からマンガやアニメが大好きだったし仕事も楽しかった。プロモーション担当として顔出しで番組に出演したりする機会もあって、そんなときが何より楽しかったんです。

──やはり出演する側にいるほうが好きだな、楽しいなと。

はい。だから海外まで行って駄目だったらもう役者辞めてもいいだろう、辞められるだろうと。
それでまずはバックパッカーでアジアの各国を周りました。

その中の一つが台湾です。すごくいい場所だなと思ったのと、その時ある事務所からも声をかけていただいて。
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