
菊田浩巳(きくた ひろみ)
音響監督(楽音舎)。1990年代より海外映画やドラマの吹き替えに携わり、2000年以降は、キャスティングやスタジオでのディレクションを務める音響監督として最前線で活躍。近年の主な担当作品では、アニメ『おそ松さん』、『ハイキュー!!』、『ボールルームへようこそ』、ゲーム『アンジェリーク』、『金色のコルダ』、『夢色キャスト』など多数を手がける。
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音響監督菊田浩巳さんインタビュー(全4回)
第1回|声優と芝居とアニメとゲームと
第2回|『金色のコルダ』キャスティング秘話
第3回|色と空間のバランス~お芝居は立体と色合い
第4回|キャスティングと設計図
声優の向き不向き? 自分が好きであることを、ちゃんと伝えられること
――今まで多くの声優と接していらっしゃるかと思いますが、声優に向いているのは、どんな人だとお考えですか?
菊田 少なくとも私は、基本的にお芝居が好きな人、芝居に興味がある人だと思っています。アニメーションだけが好き、まわりからいい声だと言われる、だけではなく。あとは、自分をさらすことに抵抗がない人、そして日常をちゃんと生きている人。笑う時に笑って、腹が立ったら怒って、悲しい時には泣いて、嬉しかったら喜ぶ。ちゃんと感情を動かすことができる人ですね。さらに言うと、普通を知っている人。
――普通を知っているとは、どういう意味でしょうか?
菊田 世の中の大半の人の反応、感情を知っているということ。例えば、朝起きたら「おはよう」。悪いことをしてしまったら謝る、申し訳ないと思う。何かしてもらったら多分おおむね感謝する。赤信号は渡らないほうがよくて、神社仏閣では神妙な気持ちになることが多い。壁ドンは誰もが日常的にするものではなく、親しい人にプレゼントをもらったら「ありがとう」というのがほとんどで、「こんなもんいるかよ」という反応は一般的ではない。そんな感じです。
基本的に、作品とは見てくださる方々の経験値を通して心の琴線に訴えるもので、なんらかの共感を得ることが大切なんだと思うんです。だから世の中のスタンダードは知っていなければいけない。そのスタンダートの「ありがとう」は知っているけれど、あえての「いらねぇよこんなの」。これはありになります。
――表面的にはツンデレに見えます。
菊田 ツンデレは基本に「ありがとう」があって、だけどそこを「ありがとう」って素直に言えないから「いらねぇよ」、となる。そこを知っていないといけませんね。「ありがとう」がなくて最初から「いらねぇよ、バカ」というのはアレンジではないので、それをツンデレではないと思います。
――なるほど!
菊田 あとは、自分の好みはしっかりあっていいと思うんです。音楽を聞いてその曲が好きなのかそうでないのか。周りの人に合わせるのではなく、「これ好きです」、あるいは「嫌いです」と言えるかどうか。「みんな好きなんだ、じゃあ自分も好き」ではなくてね(笑)。
「この曲は売れているのね。了解、分かった。でも自分には合わないよ」でいいんです。自分をちゃんと持っていることが大事。10人のうち8人がイエスって言っている世のスタンダードはこれなのね。それを理解した上でストレートに表現したり斜め上から攻めてみたり。その作品、役にあった表現をすればいいと考えています。
――では一方で、どんな人が音響監督や制作現場スタッフに向いているとお考えですか?
菊田 やはりものを作るのが好きなこと。ちゃんと仕事(社会人)であることを自覚していて、人とコミュニケーションを取るのを嫌がらないこと。現場はどのポジションも基本共同作業ですから、人と関わらないという選択肢はありえない。アニメやゲームが好き、声優が好きというモチベーションだけでは厳しいですね。どんなに好きな声優が相手でも、ダメだしはしなければいけないし、作品を良くするために意見がぶつかり合うなんてことはしょっちゅうですから。
――先程の”普通を知っていること”に通じていますね。
菊田 音響監督はすごくエラくて権力も持ってる、と思っている人も多いようですが、権力はないです(笑)。音響監督は、音周りに関して責任をとるポジションなだけであって、自分の作りたい方向性を具現化してくれる優秀なスタッフがいてくれないと成立しません。
やることは多岐に渡りますが、作品にかかわっているたくさんの人々とコミュニケーションをとりつつ、自分をちゃんと持ち、普通のことを理解した上で、堅実に仕事を進められることが大事だと思っています。
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