第3回|色と空間のバランス~お芝居は立体と色合い~音響監督菊田浩巳さん(3/4)

第3回|色と空間のバランス~お芝居は立体と色合い~音響監督菊田浩巳さん(3/4)

『おそ松さん』や『金色のコルダ』などを手がけた、音響監督菊田浩巳さんのインタビュー連載第3回。声優のキャスティングから作品の演出まで、アニメやゲームの制作現場に欠かせない役割を果たす”音響監督”。重要ながらも珍しいこの職業を目指したきっかけは、1980年代のアメリカドラマから!? その経歴を追っていきます。

菊田浩巳(きくた ひろみ)
音響監督(楽音舎)。1990年代より海外映画やドラマの吹き替えに携わり、2000年以降は、キャスティングやスタジオでのディレクションを務める音響監督として最前線で活躍。近年の主な担当作品では、アニメ『おそ松さん』、『ハイキュー!!』、『ボールルームへようこそ』、ゲーム『アンジェリーク』、『金色のコルダ』、『夢色キャスト』など多数を手がける。

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音響監督を目指すきっかけは海外ドラマとドライブ?

――音響監督は珍しい職業といえますが、何がきっかけで「なろう!」と思われたのですか?

菊田浩巳(以下、菊田) 家族も自分自身も国語の教師になるだろうって漠然と思ってたんですが、進路を考える段になって、何かよくわからないけどちょっと違うかな、と思ってしまったんです。で、どうしようかなぁと思ってた時に、好きなものがそういえばあったなぁって……。
元々母がですね、外画(※1)の吹き替えドラマが好きな人だったので、小さい頃から一緒に見てることが多くて。その影響もあって「吹替えってスゴイなぁ」って、「声のお芝居って面白い」と思うようになりましたね。

――お芝居に興味を持った場合、ふつうは役者を目指すのではないでしょうか?

菊田 あー無理です無理。そんな柄じゃありませんよ(笑)。とにかく外画の吹き替えが好きでしたからね。子供の頃に観ていたテレビは、アメリカのドラマが多かった。『白バイ野郎ジョン&パンチ』、『刑事スタスキー&ハッチ』、『チャーリーズ・エンジェル』、『パトカーアダム30』、『特攻野郎Aチーム』、『ナイトライダー』『超音速攻撃ヘリ エアーウルフ』とか(※2)。

――古き良きアメリカドラマの名作ラインナップです!

菊田 とにかく母はいくつになっても乙女な人で、外国の俳優さん、特に目のキレイな男性が大好きで。彼女が一番好きだったのはケヴィン・コスナー。彼がどんなに素敵なのかを、父がいるにも関わらずうっとりしながら私に語っていましたね(笑)。
「声のいいの~~」とか言っていましたが、もしかしたらそれは津嘉山(正種※3)さんが吹替えていた声のことだったんじゃないか、って今は思ってます。そんなこともあって、吹替え作品を作る仕事があるという認識はありました。

――ご両親の影響も大きかったのですね。

菊田 そうですね。母はお話した通りなのですが、実は私は父親っ子でして。父はクルマで家族旅行をするのが好きな人だったんです。ある時突然旅行が始まる人で、どこに向かっているのか、何日泊まるのかもわからない(笑)。車での旅行。
だから、私の記憶に残っている風景は、車の中からみたものがほとんどなんです。カーブが開けた瞬間の、山や空の景色が一気に目に飛び込んでくる感じ。その季節ならではの色。木々の深い緑であったり鮮やかな紅葉であったり、空の青であったり。本当に小さな頃からの風景が心と体と脳に蓄積されています。それって立体で入ってきますよね? 
アニメは平面で描かれてますが、画面の中の世界には本当は奥行きがある。お芝居を立体的に組み立てていくのは、父親との車での家族旅行のおかげなのでは? と考えています。

――立体で芝居を捉えているのですか?

菊田 そうです。それから答えを明確に決めておかないタイプで、ディレクションの的は意外と広くて。でも作品の色合いとかシーンの色合いとかだけははっきりしていて。作品・シーンの色合いはピンク・オレンジ・青・グレーとか。
たとえば青だとしましょうか。イメージ的にはクールとか夏の感じとか(これは私の中の色に対するイメージなのですが)。ただそこにはめる芝居は私の思い描いている青と同色じゃなくても良い。水色も青に含まれるし、青の強い紫でも良い。でも黄色はダメみたいな。そんな風に捉えています。立体感と色のバランス。これを大事にしている気がします。

――色と空間が演出の素地になっていらっしゃるのですね。では、他にはありますでしょうか? 

菊田 学校には通いましたが、何故その学校を選んだのかといった理由はまったく覚えていなくて、ヌケているんですよね。授業で学んだこともほとんど残っていない(苦笑)。
けれど、学校の先生の伝手で羽佐間道夫さん(※4)にインタビューをさせて頂いたことがありました。それでやっぱり声の芝居、吹き替えというのは面白いな、というのを羽佐間さんの表情や音色から感じましたね。だからある意味、羽佐間さんが恩人です。学生の時だから、羽佐間さんご自身は覚えてないと思います。

(※1)外画(がいが)……日本以外で制作された映像作品のことを指す。海外ドラマ、海外映画のこと。外画ドラマ、洋画、洋ドラともいう。
(※2)津嘉山正種さん……俳優、声優、ナレーター。ケビン・コスナーをはじめ、ロバート・デ・ニーロ、リチャード・ギアなど多くの名優の吹き替えを担当。
(※3)『白バイ野郎ジョン&パンチ』:1977~1983年放映。ChiPs(カリフォルニア・ハイウェイ・パトロール)の活躍を描いた、陽気なポリスアクションシリーズ。吹き替えは田中秀幸さん、古川登志夫さんのお二人。『刑事スタスキー&ハッチ』:1975年~1979年放映の米・ロサンゼルスが舞台の刑事ドラマシリーズ。吹き替えは下條アトムさんと高岡健二さんが担当した。以下、『超音速攻撃ヘリ エアーウルフ』まで、1980年代アメリカドラマを象徴する傑作たちです。
(※4)羽佐間道夫さん……こちらも言わずとしれた声優、ナレーター、俳優。吹き替えでは、アル・パチーノ、シルヴェスター・スタローンを始めとする多くの名優を担当。

現場の肌感覚で学んだベテランの諸先輩からの教え

――卒業後に、スタジオに就職なさったのでしょうか?

菊田 最初に入社したのが、映画の吹き替えを作る会社でした。そこで全体的なスケジュールを組んだり、キャスティング周りや、台本の手配や、各会社と連絡をとる、といった音響制作の仕事に就きました。 1990年代の外画の世界では、音響監督という言い方はせずにディレクターと言っていましたが、入社した会社は、必ず外部のディレクターで吹き替えを作るというシステムのところでした。
その頃に、今はもう60~70代になっておられますが、当時トップレベルの演出家さんたちに音響制作という立場でついて、生きた演出をすぐ側で見続けることが出来ました。

――諸先輩について回って仕事を学んでいったわけですね。

菊田 蕨南勝之さん、福永莞爾さん、亡くなってしまったけど山田悦司さん。松川陸さんや藤山房伸さんなど(※5)、伝説クラス演出家の皆さんたちの演出や、収録の仕方・演者との接し方などを学ばせていただきました。それはもう人それぞれで。キャスティングをみれば誰が演出の作品なのか分かるくらい、個がたっていました。
「あ、ディレクターってこういうものなんだ」という雰囲気を肌感覚で感じていましたね。今思えばとっても贅沢な時間でしたね。 キャスティングの方法とか、演出の仕方とか、具体的なことを教わったことはないけれど、環境がすごく整っていたんです。そうやって一番基礎となる土台の部分を構築することができていたんだと思います。

――その当時、学んでいるという意識や実感はありましたか?

菊田 ないない! 仕事ですから日々精一杯。今と違って携帯電話がないから、固定電話でやりとりしたり。キャスティングの話は、とにかくディレクターを捕まえないと話ができないから、スタジオで収録の合間にもう直接話しを聞いて、打ち合わせをバババッーっと進めました。最終確認は電話とFAX。

――現在よりも演者やスタッフ同士の関係が、密接で濃い印象があります。

菊田 みんな大好きなディレクターさんたちで、演者さんとの関係性が本当に素敵でした。信頼しあっているのがわかるんですよね。だから余計な説明をしなくても1を言えば、「はいはーい」って、演者が全部を理解してパッと芝居をする。
集中力が高くってクオリティーの高い最高のセリフ。最高の芝居。現在と比べると作品の本数や、声優さんに求められる仕事の幅がまったく違うので、一緒にいる時間(収録時間)や、関わり方が長く深かったのかもしれませんね。

――まさに職人の世界のようです。

菊田 音響監督の立場ではなかったですが、私の仕事というものへの姿勢は右も左も分からないペーペーのあの時代から変わってないと思います。あの時の肌感覚、今でも覚えていますから。
大人がちゃんと大人として怖かった。年功序列がちゃんとあって大御所というものが存在した。怖いなぁ~と思っていたこともあったけど。ベテランはやっぱり本当にすごかったですから。

(※5)蕨南勝之さん~藤山房伸さん……蕨南勝之:1990年代の『フレンズ』(1994~2004年)、『スピード』(1994年)など。福永莞爾:『X-ファイル』シリーズなど。山田悦司:『それいけ!アンパンマン』の初代音響監督。現シリーズは”二代目”の息子の山田知明(智明)さんが引き継いでいる。 続いてお名前が上がった松川陸さん、藤山房伸さんらはいずれも、日本の外画ドラマ制作の錚々たる演出家・ディレクターで、この狭い注釈欄でご説明しようとするのもおこがましいレベルの方々です。

 

超緊張の『アンジェリーク』、ターニングポイントは『宇宙ショーへようこそ』

――初めて“音響監督”としてクレジットされた作品、いわばデビュー作は何になるのでしょうか?

菊田 最初は、『アンジェリーク』の4枚組CDの『サンクチュアリの鏡』(※6)ではないかと。とても印象深かったので。前の会社の社長から引き継いだ作品で、最初の最初は超緊張と……正直にいうと怖かったですね。後からキャストの皆さんと話をしたら、全然そんなふうには見えてなかったらしいですけれど。お芝居を変えてもらうためのモノの伝え方って難しい、って吐きそうなほど実感しましたね。

――では、印象に残っていたり、ターニングポイントとなった作品は何でしょうか?

菊田 たくさんありますが、私のディレクションが今の形になるきっかけになった作品は、間違いなく舛成孝二監督との劇場版『宇宙ショーへようこそ』(※7)です。これが私の本当のターニングポイント。これから先、あそこまでのターニングポイントがあることはない、というほどディレクションの仕方が変わりました。

――何が変わったのでしょうか?

菊田 演者に対するアプローチが変わりました。メインの半数以上が子役さんだったので、理屈や感情の説明、ロジカルが通用しないんです。こういうことがしたいんだよと、彼らに伝わるもの、彼らの中にあるものを引っ張り出すための絶対的なキーワードやイメージを確実に、ストレートに、渡さなければいけない。そういうことが続いて、ある瞬間「なんだ、これでいいんだ」と理解できちゃって。

――それまではロジカルに言葉で伝えていたのでしょうか?

菊田 その瞬間、いまの私になってしまったので、過去の私がどうだったか覚えていないです。冷静に振り返ればわかると思いますが、正直なところ、そこは大事ではない。今のスタイルが絶対ではないかもしれませんが、今のほうがモノを作っていくうえでベターなのは間違いないです。

――断言ですね! ちなみに菊田さんでも仕事で「自分はもうダメだ」と思った瞬間はありますか?

菊田 ありますよ。そんな時は色々な人に話を聞いてもらったりしますね。以前私が、今のスキルを持って30代前半に戻りたいと、付き合いの長い先輩に冗談半分で言ったことがあるんです。そうしたら、「今のお前みたいな奴が若いのにいたら嫌だよ」って。「いろんなことがあったから今のお前なんじゃん」と言われましたね(笑)。

――なるほど! 

菊田 たくさん失敗し、生意気なことも言い、とんがっていた時代もあって、そういう過去は本当にゴメンナサイという気持ちになりますが、それがあった上での今だと思っています。今がちゃんとしてればいいじゃん? というところで、最近の私のテーマは”ちゃんとする”です。

――奇しくもご担当なさった『おそ松さん』の2期の最初も”ちゃんとする”から始まりました。

菊田 今のわたしのテーマソングです(笑)。

(※6)『アンジェリーク外伝3〜禁域(サンクチュアリ)の鏡~』Vol. 1~Vol. 4:『アンジェリーク~天空の鎮魂歌~』をベースとしたオリジナル外伝ドラマシリーズ。
速水奨さん、塩沢兼人さん、堀内賢雄さん、飛田展男さん、林延年さん、岩田光央さん、結城比呂さん、子安武人さん、関俊彦さん、立木文彦さんらが出演。ミステリー仕立てのストーリーが楽しめます。※販売は終了しています。
(※7)『宇宙ショーへようこそ』:自然に囲まれた"村川村"に夏の合宿で集まった5人の小学生の冒険を描くSFアドベンチャー。OVA作品『R.O.D -READ OR DIE-』、『かみちゅ!』の舛成孝二さんの初監督作品。2010年公開。

 

まとめ

音響監督菊田浩巳さんのインタビュー連載第3回をお届けしました。
芝居を立体的に捉えていたり、色合いとバランスをイメージしたりと、独特の感覚は言葉で説明すると難しいかもれしれませんが、実際にお話をしていると理解している気になるから不思議です! 最終回となる第4回では、声優さんたちとのエピソードやキャスティングの妙について語っていただきます。

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イケメン編集部の日常コメディーマンガ「毎日が沼!」隔週金曜更新

スタッフいちおし

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小日向ハル
二階堂宗一郎
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