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第4回|キャスティングと設計図~音響監督菊田浩巳さんインタビュー(4/4)

菊田浩巳(きくた ひろみ)
音響監督(楽音舎)。1990年代より海外映画やドラマの吹き替えに携わり、2000年以降は、キャスティングやスタジオでのディレクションを務める音響監督として最前線で活躍。近年の主な担当作品では、アニメ『おそ松さん』、『ハイキュー!!』、『ボールルームへようこそ』、ゲーム『アンジェリーク』、『金色のコルダ』、『夢色キャスト』など多数を手がける。

 

声優の向き不向き? 自分が好きであることを、ちゃんと伝えられること

――今まで多くの声優と接していらっしゃるかと思いますが、声優に向いているのは、どんな人だとお考えですか?

菊田 少なくとも私は、基本的にお芝居が好きな人、芝居に興味がある人だと思っています。アニメーションだけが好き、まわりからいい声だと言われる、だけではなく。あとは、自分をさらすことに抵抗がない人、そして日常をちゃんと生きている人。笑う時に笑って、腹が立ったら怒って、悲しい時には泣いて、嬉しかったら喜ぶ。ちゃんと感情を動かすことができる人ですね。さらに言うと、普通を知っている人。

――普通を知っているとは、どういう意味でしょうか?

菊田 世の中の大半の人の反応、感情を知っているということ。例えば、朝起きたら「おはよう」。悪いことをしてしまったら謝る、申し訳ないと思う。何かしてもらったら多分おおむね感謝する。赤信号は渡らないほうがよくて、神社仏閣では神妙な気持ちになることが多い。壁ドンは誰もが日常的にするものではなく、親しい人にプレゼントをもらったら「ありがとう」というのがほとんどで、「こんなもんいるかよ」という反応は一般的ではない。そんな感じです。
基本的に、作品とは見てくださる方々の経験値を通して心の琴線に訴えるもので、なんらかの共感を得ることが大切なんだと思うんです。だから世の中のスタンダードは知っていなければいけない。そのスタンダートの「ありがとう」は知っているけれど、あえての「いらねぇよこんなの」。これはありになります。

――表面的にはツンデレに見えます。

菊田 ツンデレは基本に「ありがとう」があって、だけどそこを「ありがとう」って素直に言えないから「いらねぇよ」、となる。そこを知っていないといけませんね。「ありがとう」がなくて最初から「いらねぇよ、バカ」というのはアレンジではないので、それをツンデレではないと思います。

――なるほど!

菊田 あとは、自分の好みはしっかりあっていいと思うんです。音楽を聞いてその曲が好きなのかそうでないのか。周りの人に合わせるのではなく、「これ好きです」、あるいは「嫌いです」と言えるかどうか。「みんな好きなんだ、じゃあ自分も好き」ではなくてね(笑)。
「この曲は売れているのね。了解、分かった。でも自分には合わないよ」でいいんです。自分をちゃんと持っていることが大事。10人のうち8人がイエスって言っている世のスタンダードはこれなのね。それを理解した上でストレートに表現したり斜め上から攻めてみたり。その作品、役にあった表現をすればいいと考えています。

――では一方で、どんな人が音響監督や制作現場スタッフに向いているとお考えですか?

菊田 やはりものを作るのが好きなこと。ちゃんと仕事(社会人)であることを自覚していて、人とコミュニケーションを取るのを嫌がらないこと。現場はどのポジションも基本共同作業ですから、人と関わらないという選択肢はありえない。アニメやゲームが好き、声優が好きというモチベーションだけでは厳しいですね。どんなに好きな声優が相手でも、ダメだしはしなければいけないし、作品を良くするために意見がぶつかり合うなんてことはしょっちゅうですから。

――先程の”普通を知っていること”に通じていますね。

菊田 音響監督はすごくエラくて権力も持ってる、と思っている人も多いようですが、権力はないです(笑)。音響監督は、音周りに関して責任をとるポジションなだけであって、自分の作りたい方向性を具現化してくれる優秀なスタッフがいてくれないと成立しません。
やることは多岐に渡りますが、作品にかかわっているたくさんの人々とコミュニケーションをとりつつ、自分をちゃんと持ち、普通のことを理解した上で、堅実に仕事を進められることが大事だと思っています。

 

演出とコミュニケーション 役者の演技を引き出すには

――スタジオで演出する際に、コミュニケーションで気をつけていることは何でしょうか?

菊田 すごく難しい質問ですね。(しばし黙考)。相手によって、伝え方を変えたりは、しています。
ディレクションの仕方は、作品やメンバーによって全く違うので、割りと聞かれる質問なんですけど答えられないんですよね。感覚でしかやってないです。

――よく知られている演者さんだけど、聞いたことがない芝居をさせる、というケースについてはいかがですか?

菊田 期待と密命と使命と役割とプレッシャーを与え続けます(笑)。まぁ、それは冗談ですが、演者というのは向上心の高い方たちの集まりなので、やったことがないような役には果敢に挑んでくれます。そこが楽しくてたまらなくなるように、一緒に基本を作っていきます。
例えば、『夢色キャスト』(※1)の斉藤壮馬さんの灰羽拓真役では、役がメインチームと打ち解けていない雰囲気を出すために、読点の位置をずらしたり、セリフの立てどころを通常とは変えてもらったりして、なんだか分からないけど聞いていて何か引っかかる感じが残る芝居、をしてもらいました。そうすることで、ちょっとイヤな曲者感を印象づける狙いでした。

――ゲーム本編のメインドラマ3部20章ですね!

菊田 演者もそういう”ミッション”を与えられると、燃える方が本当に多いんです。同じ『夢色キャスト』だと、平川大輔さんのヤンキー(※朱道岳役)もそうです。

――これが平川さん!? と思いました。

菊田 群馬だから(笑)。山下大輝さんに関しては、真っさらな芝居をしてもらいました。他のメンバーにもいろいろと……そんな風に各自にそれぞれミッションを与えて、自分たちで膨らませてもらえるように仕向けたり導いたり、というのがすごく大事で、それが一緒に作っていく醍醐味ですね。
“夢色カンパニー”に対する”ジェネシス”のあり方を明確にしていきつつ、こういうキャラクターです、という説明を踏まえたうえで演出していく。コミュニケーションを取りつつ最初は時間をかけて一緒に作っていけば、あとはもうお任せです。

――キャラクターを一緒に作り上げていくのですね。

菊田 「とにかく王子様なんです」、と言われても、人が想像する王子様のイメージは本当にそれぞれですから。だからなるべくイメージの共有を図る。
例えば……群馬のヤンキーの話に戻りますけどね(笑)。地元ではそれなりだけど、東京にはコンプレックスを持っている。だからあんな指輪をしている。あのアイテムは彼にとっての自己防衛。負けん気とコンプレックスの象徴である。そんな風な解釈を楽しく想像しつつ共有して、プラスαイメージだけを加え、伝えていく。
そうすれば、そこからはもう演者がばーっと広げてくれて、結果、個性的なキャラクターが出来上がっていく。そこを整えてから先は、もう役者の仕事。そこまでが音響監督の一番の仕事。意外と時間をかけています。

――ゲームは一人で収録をする場合が多いと思いますが、演出方法は変わりますか?

菊田 ゲームだから、演出方法が変わるというのはあまりありませんが……ゲームの場合、どういうシステムで、録ったセリフがどう使われるのか、ゲーム上の演出がどんな風に施されるのかが収録している段階では分からない。完成形が見えないので、ちょっと怖いところはあります。

(※1)『夢色キャスト』……SEGA✕ランティスによるミュージカルリズムゲーム。主人公はミュージカル劇団”夢色カンパニー”の脚本家となってキャストたちと夢を織りなしていく。斉藤壮馬さんが演じる灰羽拓真は、夢色カンパニーのライバル劇団”ジェネシス”の主宰。

音響監督の役割について アニメとゲーム制作の設計図

――音響監督の役割について、男性向け作品と女性向け作品で意識していることは違いますか?

菊田 いえ、そこは作品の世界観ですから。監督が作られたアニメーションという絶対的な設計図がちゃんと存在していますので、そこに則った芝居を作っていけば、作品の世界観から外れることはないので、意識はしなくても大丈夫です。
設計図がちゃんとしていれば、建てる家は間違えようがない。例えばその設計図が、和風を作りたいのか洋風なのかがわからない設計図だと迷いますが、何がしたいのか、どうしたいのか、どう作りたいのか、という点はもし迷うようなことがあれば、当たり前ですが、最初に明確にしておきます。

――アニメとゲームの場合、その設計図自体が異なる場合はありますか?

菊田 ゲームの場合は、シナリオの前後に関係なく、「このセリフだけ、雰囲気を~~~にしてください」といった1ウィンドウだけのスペシャルなセリフを求められるケースがあるので難しいですね。最終的に組み合わせたときの完成形がイメージできなくて、演者が混乱することがあります。

――シナリオの前後の感情の流れが、わからなくなるのですね?

菊田 なので、ストーリー全体からその1ウィンドウを作っていけるように、整えいくのも、ゲームにおいては音響監督の仕事だと思っています。はったりでもいいから理屈を整えて、演者が迷わずに最高のセリフを出せるように持っていくわけです。

――演者によってもやり方や対応が違ってきそうです。

菊田 ゲームというのはセリフ量も多いですから、演者がシンドく感じないようにという配慮はしているつもりです。休憩なしで行けるところまでいってしまいたいタイプもいますし、逆に細かく休憩を入れたほうがいいタイプもいる。そこを見極めるのも音響監督の仕事。

――音響監督の果たす役割は大きいですね。

菊田 特にゲームの収録の場合は、孤独な仕事になりますからね。だからスタジオでは、今日はちょっと集中力が弱いな、今日はいけるな、と状況を全部みています。あとは、リテイクの仕方ですね。なるべく喉の負担を減らしたいから、何がダメで録り直ししたいのか、何度もリテイクを重ねなくて済むよう分かりやすく伝えたいです。10回リテイクすれば、10ワード増えますし、演者も混乱すると思いますから。
そういうのを含めて現場そのものの演出をしていくこともすごく大事。それも含めて演出家なんだと思います。アニメでもゲームでもなんでも、音響監督をやってくださいと依頼されるのは、そういう役割も含めて頼まれている、と思っています。

 

まとめ

音響監督菊田浩巳さんのインタビューを全4回に渡ってお届けしました。
声優や監督にスポットがあたる一方で、なかなか表に出ない見えにくい仕事ですが、常に現場を整えていく繊細さが求められる、職人的なお仕事ぶりを伺うことができました。
菊田さん、長時間の取材のご協力、誠にありがとうございました!

numan編集部では、今後も知られざる、アニメ、ゲーム、舞台などの制作の裏側に迫るスタッフインタビューを連載していきます。どうぞお楽しみ!

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numan編集部

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